2015年9月29日火曜日

特攻の街:荻窪(おぎくぼ)

知り合いのおばあさんと話していたら、こんな話がでてきた。

「近所の2つ年上と3つ年上の戦闘機乗りは、全員、特攻で死んだんですよ」

どこかの地方の町か村かで、2歳年上・3歳年上の戦闘機乗りが4人くらいしかいない程度の田舎での話だろうと思って、出身地を訊(たず)ねた。

杉並区荻窪だった。

荻窪には帝国陸軍の職業軍人が多く住んでいた。今とはちがって、戦前の、というか、高度経済成長の前までの荻窪は、ただの田舎だった。明治時代・大正時代と、多摩地区の扱いであった。だから、土地が廉(やす)かった。

荻窪には中将通(ちゅうじょうどお)りというものがある。杉並区立中央図書館の東側の道路で、荻窪団地あたりまで南下する道路である。帝国陸軍中将の自宅があった通りで、帝国陸軍の将校が多く住んでいた。

中将通りではないが、226事件で、陸軍大将・渡辺錠太郎(わたなべじょうたろう)は、杉並区上荻窪312番(現在の上荻2丁目7番地)の自宅で襲撃され、殺害された。

荻窪周辺には職業軍人が多くいた。したがって、その子弟も多くいた。

帝国海軍では、特別攻撃、所謂(いわゆる)神風特攻隊は、最初から志願制であったが、帝国陸軍にあっては、志願制にすると、全員が志願し、混乱する可能性があり(帝国海軍では、特攻に志願したのに選ばれなかつた戦闘機乗りの落胆ぶりはすごかったし、最初のほうの特攻作戦で選ばれた者は、とりわけ、名誉なことと考えた)、帝国陸軍航空隊の一員であれば、志願するのが当然ということて、当初は指名制だったけれども、途中から志願制に変わった。

神風特攻隊は帝国海軍のもので、帝国陸軍では、振武隊という名称であった。振武隊の「振武」とは「武に振(ふ)るう」という意味である。

戦闘機乗りとなった近所のお兄さんたちが、次から次へと、そして、最終的には全員が特攻で戦死していくというのは、稀有(けう)な経験だろう。

荻窪の街を単車や自動車で走ると、いつも、このことを思い出して、ほんのちょつと敬虔(けいけん)な気持ちになる。

全員が特攻で戦死したとき、どういう気持ちだったかを、そのおばあさんに訊(たず)ねてみた。

「私も頑張(がんば)らなくてはと、本土決戦に備えて、終戦まで毎日、薙刀(なぎなた)の稽古(けいこ)をしていました」と言った。

そのおばあさんは軍国少女だつた。

2015年9月7日月曜日

「今のは、おやすみのキス? そ・れ・と・も……」と彼女は言った。

「笑い」の感覚は人によってまったく違う。

18歳のときに、フランス人の女の子とデートした。

彼女を送って、下宿の玄関の前で、キスをした。唇(くちびる)に軽くキスをした。

「ねえ……。今のは、おやすみのキス? そ・れ・と・も……」
'Well....  Is that a goodnight kiss?  Or....'

その後(あと)、私たちは黙(だま)ったままでいた。

「Is that...?のところは、過去形か、あるいは現在完了にしなければいけないんじゃないのかな?」と私は思っていた。

一方、彼女は「『おやすみのキス』の反対のことばは、何だっけ?」と考えていた。

私たちふたりは、初(はじ)めから違う方向を見ていたのだろう。


あることをきっかけにして、30年以上も前のこのことを思い出したわけなんだけどね。

それから、このことを話してみたところ、男性はくすっと笑って、「気の利(き)いたことをいう娘さんだね」とか、「おもしろいことを言うねえ」とか、そういう反応をした。

ところが、女性の場合、なぜか、全員が大笑いした。10代後半から80代まで、爆笑した。

近所のスーパーマーケットで、後ろにほかのお客さんがいないときに、馴染(なじ)みのレジのおばちゃんに「今のは、おやすみのキス? そ・れ・と・も……」の話したところ、そのおばちゃんだけでなく、残りのレジのおばちゃんたちも大笑いして、レジ全部が5秒ばかり崩壊(ほうかい)した。

なぜ、そんなにおもしろいのか、私にはさっぱりわからないままである。

自己紹介

自分の写真

和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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