2014年3月5日水曜日

なんでも「崩す」日本文化(その2):能管(のうかん)

日本の楽器は不思議なものである。

西洋の楽器は倍音を極めるために、研(と)ぎ澄(す)まされてきた。倍音というのは、基音とされる音の整数倍の周波数の音である。

ところが、和楽器は、噪音(そうおん)という倍音以外の音が多い。いわば、雑音的な音が多いのである。この理由を説明することはできない。日本人の民族性としか言えないらしい。

また、西洋楽器は、倍音を研ぎ澄ましつつ、楽器の役割を細分化した。たとえば、バイオリンとビオラとチェロとコントラバスのようにサイズの違うものを考案した。サキソフォンにしても、アルトサックス・テナーサックス・バリトンサックスなどとサイズの違うものを開発している。

しかしながら、和楽器はさほど進化していないし、機能に応じての細分化もない。

支那から入った龍笛(りゅうてき)はそのままの形であるし、篠笛(しのぶえ)も、ずいぶんと長く同じままである。

さて、なんでも「崩す」日本文化という観点から取り挙(あ)げたいのは、能管(のうかん)である。

能管は、室町時代に能のために考案されたものである。

龍笛を元に、その内部に細い竹の棒を入れることで、能管は独特なものになっている。

能管の音は、一般の人が耳にするのは甲高(かんだか)いものが特徴のひとつである。また、幽霊が登場するときの効果音でも用いられる。

ところが、能管は、旋律(せんりつ=メロディ)も出せなければ、リズムを刻(きざ)むこともできない。

龍笛(りゅうてき)を改変して、わざわざこんなものを作った。

日本人なら、折(おり)にふれて和楽器の音色を耳にしているから、それほど抵抗はないのだろうが、たとえば、西洋音楽しか知らない人間が、能管の音を耳にするとどう感じるのだろうか?

私自身、インドネシアのガムランという音楽を耳にしたとき、まったく馴染(なじ)めなかった。

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和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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