2014年7月11日金曜日

三輪素麺(みわそうめん)が揖保乃糸(いぼのいと)より太かった理由

三輪素麺(みわそうめん)は奈良県桜井市を中心とする三輪地方で製造されており、素麺発祥(そうめんはっしょう)の地とされる。

しかも、「三輪そうめんの池利」は、ウェブサイトによれば、大正13年昭和天皇御成婚、昭和3年嚝古(こうこ)[=前例のない]の御大典(ごたいてん)、昭和7年大和平野(やまとへいや)[=奈良盆地]での大演習行幸(だいえんしゅうぎょうこう)の砌(みぎり)前後3回にわたりまして、 弊社謹製(へいしゃきんせい)素麺を献上。以来毎年、皇居をはじめ各宮家(かくみやけ)の皆様にご嘉納(かのう)頂(いただ)いております」とのことである。

日本小麦(にほんこむぎ)は中力粉(ちゅうりきこ)や薄力粉(はくりきこ)に分類されるもので、外国品種の強力粉(きょうりょくこ)と較(くら)べて、グルテンが少ない。当然のことながら、グルテンが少ないと日本小麦(にほんこむぎ)を用いて、素麺や饂飩(うどん)を作れば、強力粉の場合とちがって、コシが弱くなる。

だから、江戸時代の素麺や饂飩は、現在、多数派を占(し)めるものよりも、コシが弱かった。

かつての三輪素麺の標準的な太さは、日本小麦で生産できる限界の細さであった。その伝統を守り続けていた。素麺発祥(そうめんはっしょう)の地としての誇(ほこ)りもあったのであろう。

そこへ、外国品種の小麦を使って、揖保乃糸(いぼのいと)が擡頭(たいとう)した。

三輪素麺の太さは、冷麦(ひやむぎ)との差が小さく、揖保乃糸(いぼのいと)の細さが際立(きわだ)った。

すると、揖保乃糸くらいに細いほうが、素麺らしいと感じる人が増えた。

私自身は奈良県桜井市の近くにある和歌山県橋本市出身なので、子どもの頃(ころ)から、素麺といえば、三輪素麺であった。

あるとき、揖保乃糸が好きな友人に三輪素麺をご馳走(ちそう)したら、「なんや、この太さ、冷麦やんか」と言われたことがある。

一旦(いったん)、揖保乃糸の細さが、なんとはなしに、素麺の標準だと感ぜられるようになったらしい。

しかも、揖保乃糸は450以上の業者による協同組合の統一ブランドであり、組織力があるらしく、東京では三輪素麺は見かけることが少なく、コンビニエンス=ストアでは揖保乃糸ばかりである。

近所にある高級食材スーパーマーケットでは、揖保乃糸は3種類、販売されているが、三輪素麺は享保(きょうほう)2年創業の「三輪そうめん山本」のもので、3年間、蔵で寝かせた大古(おおひね)と呼ばれる「山本の土藏囲(どぞうがこ)い」(これは細麺(ほそめん))だけである。

揖保乃糸のおかげで、素麺は細ければ細いほどよいという傾向が出てきた。

すると、「三輪そうめん山本」は、0.3mmという超極細麺(ちょうごくさいめん)で、茹(ゆ)で時間30秒の「銘品(めいひん)白髪」[たぶん、「しらが」ではなく「はくはつ」と読むと思う]や茹(ゆ)で時間1分の極細麺(ごくさいめん)の「白龍はくりゅう」を販売するようになったが、しかし、長崎県の業者に委託生産(いたくせいさん)してもらっているので、「三輪素麺」と称(しょう)することはできない。

こうした細さの闘(たたか)いの一方で、徳島県つるぎ町半田(はんだ)地区の半田素麺(はんだそうめん)は、素麺は1.3mm以下であるはずなのに、1.4mmから1.6mmの太めの素麺を製造している。

茹(ゆ)で時間が、3分30秒から5分というのは、もはや素麺とは言えないのではないかと思うのだが、これはこれで、個人的に好きだ。

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2014年7月3日木曜日

集団的自衛権に抗議をして焼身自殺を試みた人について

集団的自衛権に抗議をして新宿駅南口で、焼身自殺を試みた人について疑問に思うことがある。

日本人というのは、謝罪や反省、抗議をするときには、切腹する民族である。

この点から、集団的自衛権に抗議をして新宿駅南口で、焼身自殺を試みた人っていうのは、日本人としては、ものすごく奇妙な感じがする。

2014年7月1日火曜日

アマンディーヌ あるいは2つの庭

Amandine ou les deux jardins par Michel Tournier
アマンディーヌ あるいは2つの庭 作:ミシェル=トゥルニエ


日曜日
 私は青い目をしていて、真っ赤な唇をしています。薔薇色(ばらいろ)のほっぺはふっくらとしていて、金色の髪は波打っています。私はアマンディーヌといいます。大きな鏡に映った自分を眺めると、まるで10歳のかわいい女の子のようです。でも、びっくりすることではありません。私は本当にかわいい女の子で、おまけに10歳なんですよ。私にはパパとママとアマンダというお人形と、それに猫がいます。その猫は女の子だと思います。でも、男の子にも女の子にもクロードという人がいるので、その猫が女の子だという自信がありません。2週間くらい、クロードはとても大きなおなかをしていましたが、ある朝、籠(かご)の中に、クロードと一緒に4匹の仔猫がいました。仔猫(こねこ)たちは二十日鼠(はつかねずみ)くらいの大きさで、小さな手足をゆっくりと動かしながら、おっぱいを吸っていました。仔猫たちがしまい込まれていたおなかは、まったいらになっています。やっぱり、クロードは女の子です。
 仔猫たちは、それぞれ、ベルナール、フィリップ、エルネスト、カミシャといいます。はじめの3匹は、男の子の名前がついているので、男の子だということがわかっています。でも、カミシャは男の子の名前でも、女の子の名前でもないので、男の子なのか、女の子なのか、わかりません。
5匹も猫は飼えません」とママが言いました。どうしてかしら。よく考えてみましたが、わかりません。学校のお友だちに、仔猫がほしいかどうかたずねてみました。


水曜日
  アニィとシルヴィとリディがやって来ました。クロードは女の子たちにじゃれつきました。仔猫たちはもう目が見え、よたよたとなんとか歩けるようになってい ます。女の子たちは仔猫をそれぞれ手に取りました。女の子の猫だと困るので、女の子たちはカミシャを残していきました。アニィはベルナールを、シルヴィは フィリップを、リディはエルネストを飼うことにしました。私はカミシャを飼います。ほかの仔猫がもらわれて、カミシャだけが残ったので、カミシャが大好きになりました。

日曜日 
  カミシャは狐みたいな色をしています。左目の上に白い部分があって、まるでなにかをぶつけたようです……でも、何をぶつけたんでしょう? 殴(なぐ)られたりした んじゃないと思います。キス、そうよ、パン屋さんのキスよ。きっとパン屋さんの白い粉が左目の上についたんだわ。とにかく、片方の目のところに白いあざのようなものがついています。


水曜日
  ママの家とパパの庭が大好きです。家の中は夏でも冬でもいつでもすごく綺麗です。庭の芝生は1年中緑色で手入れがゆきとどいています。まるで家にいるママと庭にいるパパは、清潔さを競争しているみたいです。家の中では、床を汚(よご)さないようにフェルトのスリッパを履(は)いて歩かなくてはなりません。庭では、煙草(たばこ)を喫(す)いながら散歩する人が、芝生の上に喫(す)い殻(がら)を捨てたりしないように、パパは灰皿を並べました。パパとママはよいことをしていると思います。そんなふうにしていれば、床も芝生も汚れません。でも、ときには、うんざりすることもあります。


日曜日
 カミシャは生まれたときよりも大きくなりました。おかあさんのクロードとじゃれながら、いろんなことをおぼえます。そんなカミシャを見ると私はうれしくなります。
  今朝、猫を飼っている籠(かご)を見に行きました。からっぽです。だれもいません。クロードが散歩に出かけたときは、カミシャたちはとてもさみしがったものでし た。今日、クロードはカミシャを連れていきました。いいえ、クロードがカミシャを運んだにちがいありません。カミシャはクロードについていけないからです。カミシャはまだよたよたとしか歩けないのです。クロードはどこに行ったのかしら。


水曜日
  日曜日からいなくなっていたクロードが突然、帰ってきました。庭で苺(いちご)を食べていたら、不意に足のところに動物の毛が触れたんです。見るまでもありません。クロードです。クロードが帰ってきたんです。カミシャも戻ってきているかもしれないと思って、籠(かご)のところに行ってみました。やっぱり、からっぽです。ク ロードが近づいてきました。クロードは籠の中を眺(なが)め、金色の目を閉じながら、私のほうに顔を上げました。「カミシャはどこなの?」とクロードにたずねてみ ました。クロードは答えないで、そっぽを向いてしまいました。


日曜日
  クロードの生活はすっかり変わってしまいました。いつでも、私たちと一緒だったのに、今では、よく出かけるようになりました。クロードはどこに出かけるのかしら? 私はクロードをつけようとしました。でも、だめでした。見張っていると、クロードはじっとしています。クロードはこう言いたそうです。「どうしてあたしを見るんだい? あたしが家にいることはよくわかっているだろうに」
  でも、ほんのちょっと目を離せばおしまいです。クロードはいなくなっています。そんなときは、捜(さが)しまわるしかありません。そのくせ、つぎの日には、煖炉(だんろ)の そばに戻っていたりします。クロードは、なにも悪いことはしていないというようすで、私を見つめます。クロードは幻のようです。

水曜日
  なにか変なことを見たばかりです。私はちっともおなかがすいていません。それにだれも見ていなかったので、お肉をひと切れテーブルからクロードに落としてあげました。お肉やお菓子を投げると、犬は空中ですばやく捕らえ、すぐにかぶりつきます。猫はそんなことはしません。うたぐりぶかいんです。お肉を投げてもらっても、空中で捕らえたりせず、落ちるままにします。それからよく調べるんです。クロードもよく調べました。でも、このときは食べたりしないで、お肉をくわえていきました。お肉をくわえたクロードをパパとママが見たら、お肉をあげた私が叱(しか)られてしまうのに、そんなことにはおかまいなしに、クロードは お肉を庭に持っていきました。
  クロードは繁みの中に消えました。たぶん、人目を避けるためでしょう。私はクロードを見張っていました。突然、クロードは塀に向かって跳びかかり、地面を 走るみたいに、塀を駆け上がりました。でも、塀はまっすぐに立っていました。クロードは、お肉をずっとくわえたまま、自分の跳びあがれる高さの3倍のところにいました。だれも自分のあとをつけていないことを確かめるかのように、クロードは私たちのほうを見ました。そして、塀の向こうへ行ってしまいました。
  4匹の仔猫のうち、3匹もとられて、クロードは怒っているんです。だから、クロードはカミシャを安全なところに隠しておきたいのです。クロードは塀の向こうでカミシャを隠(かく)していて、塀のこちらにいないときはいつもカミシャと一緒にいるのです。きっとそうにちがいありません。

日曜日
  思っていたとおりでした。3か月くらい、いなくなっていたカミシャに会ったばかりです。とても変わっていました。今朝(けさ)、いつもよりも早く起きました。庭の 散歩道をゆっくり歩いているクロードが窓から見えました。クロードは死んだ野鼠(のねずみ)をくわえていました。でも、不思議なことに、おかあさん鳥が雛(ひな)に取り巻かれ て歩くときみたいに、クロードがのどを鳴らしたんです。そんなときには雛(ひな)がすぐ現れるものです。雛が現れました。4本足の太った赤毛の雛(ひな)です。目の縁(ふち)が白 いので、すぐにカミシャだとわかりました。とてもたくましくなっていました。野鼠を前足で何度かさわりながら、クロードのまわりをカミシャ動きまわりまし た。すると、クロードはカミシャが野鼠をつかまえられないように自分の頭を高く持ち上げました。それから、野鼠を落としました。カミシャはすばやく野鼠を 捕らえましたが、すぐには食べたりはしないで、野鼠をくわえて、繁みの中に隠れてしまいました。カミシャが野生化しているのではないかと心配になりました。カミシャは塀の向こうで、おかあさん猫以外のだれとも会わないで育てられたんです。

水曜日
 このごろでは、毎日、だれよりも早く起きます。早起きは簡単です。とても天気がいいわ。早起きをして、1時間くらいは家の中で好きなことをするのです。パパとママが眠っているあいだ、世界の中で自分がひとりぼっちであるような気がしてきます。
  すると、すこし怖(こわ)くなります。でも、同時に、とてもうれしくなります。なんだか、変ですね。パパとママのお部屋でなにかが動く音が聞こえるとさみしくなり ます。おたのしみはおしまいです。それから、庭の中にあるたくさんの珍しいものを見ます。パパの庭はたいへん手入れがゆきとどいていて、なにも起こったり するわけがないと思うくらいです。
  でも、パパが眠っているあいだに、庭ではいろんなことが起こります。夜が明ける直前に庭では大騒ぎが起こります。夜の動物が眠り、昼の動物が起きる時間だからです。ほんのすこしだけ、夜の動物と昼の動物がみんな庭にいるときがあるのです。動物たちはぶつかり、ときには殴り合ったりします。夜と昼が一緒だか らです。
  光が苦手な梟(ふくろう)は夜が明けないうちに自分の巣に帰ろうと急ぎます。すると、リラの花のあいだから出てきた鶫(つぐみ)に梟(ふくろう)が軽くぶつかってしまいました。ヒースがたくさん生えているところに、身体を丸めた針鼠(はりねずみ)がいます。ちょうどそのとき、古い小楢(こなら)の木の穴から天気を知ろうとして、栗鼠(りす)が顔をのぞかせ ました。

日曜日
  まちがいありません。カミシャはすっかり野生化してしまっています。今朝、芝生の上にクロードとカミシャがいるのを見かけたとき、私は家から出て、クロー ドとカミシャのほうに行きました。クロードは喉(のど)を鳴らして、私の足もとに身体をすりよせてきました。ところが、カミシャはあわてて酸塊(すぐり)の林の中に隠れ ました。やっぱり変です。クロードが私を恐れていないということをカミシャは知っているはずです。なのに、どうしてカミシャは逃げるのでしょうか? それに、どうしてクロードはカミシャを引き止めようとしないのでしょうか? 私がお友だちだということを、クロードはカミシャに説明したっていいのに。いい え。私が来た途端(とたん)にクロードはカミシャのことを忘れてしまったようです。塀の向こうでの生活と、パパの庭やママの家で私たちと過ごす生活と、まったくち がう2つの生活をクロードは送っています。

水曜日
 カミシャになついてほしかったので、並木道のまん中にミルクを入れたお皿を置きました。家の中に戻って、どんなことになるのか、窓から見ていました。
  まず、クロードがやって来ました。クロードはお行儀(ぎょうぎ)よく前足をそろえて、お皿の前にすわり、ペチャペチャと音を立てて飲みました。しばらくして、カミシャの白いあざのついた目が、草むらの間から現れるのが見えました。カミシャはおかあさん猫を眺(なが)めていましたが、おかあさん猫が何を考えているのかを考えてい るようでした。そして、カミシャは腹ばいになって進み、ゆっくりとゆっくりとクロードに近づきます。急いで、カミシャ! でないとお皿はからっぽになってしまいますよ。とうとう、カミシャはたどりつきました。でも、ミルクはすこし残っているだけです。カミシャはお皿のまわりを腹ばいのまま、ぐるぐるとまわっています。なんて、なつきにくい猫なんでしょう。本当に野生の猫です。カミシャはきりんみたいに首を長く伸ばしています。首を伸ばしているのは、できるかぎりお皿から離れていたいからです。カミシャは首を伸ばし、顔をお皿に近づけると、突然、くしゃみをしたんです。くしゃみをするなんてことをカミシャ は思ってもみなかったようです。きっと、お皿を使ったことがなかったからでしょう。カミシャはあちこちにミルクのしずくをはねかけました。カミシャはあとじさりして、うんざりしたようすで、舌なめずりをしました。ミルクをはねかけられたクロードは、カミシャの失敗をあざ笑っているようです。クロードはてきぱきと規則正しく、音を立てながら、ミルクを飲んでいます。機械みたいです。

  カミシャは身体をふきおわりました。ミルクの滴(しずく)を舐(な)めているうちにカミシャはなにかを思い出したにちがいありません。すこし前のことを思い出したようです。カミシャは、はいつくばっています。腹ばいになって進み始めました。でも、今度はお皿にではなく、クロードに向かっています。カミシャは頭をクロー ドのおなかの下にすべりこませました。カミシャはおっぱいを飲みます。
  ほらほら、太ったおかあさん猫がお皿のミルクをペチャペチャと飲んでいて、仔猫はおかあさん猫のおっぱいを飲みます。きっと同じミルクです。お皿のミルク はおかあさん猫の口に入り、おかあさん猫のおっぱいから出てきて、仔猫の口に入ります。ちがいは、温められるということです。仔猫は冷たいミルクが好きで はないのです。仔猫はミルクを温めるためにおかあさん猫を利用しているのです。
 お皿はからっぽになっています。クロードが叮嚀(ていねい)に舐(な)めたので、太陽の光が当たるとお皿はきらきらと光ります。
  クロードは頭をおなかのほうに向けました。カミシャがおっぱいを吸っているのが見えます。「あらあら、そこで何をしているの、カミシャ」とクロードは言っているようです。すると、クロードは前足を伸ばしました。まあ、クロードって、やさしいのね。クロードは爪(つめ)を全部ひっこめたんです。でも、夢中でおっぱい を吸っているカミシャの頭をポカンと叩(たた)きました。するとカミシャは自分が大きくなっているということを思い出したようです。ほかの仔猫はカミシャと同じ くらいに大きくなってもおっぱいを吸うのでしょうか?

日曜日
  塀の向こうを探検(たんけん)することにしました。カミシャの機嫌(きげん)をとりたいからです。それに好奇心もあります。塀の向こうはきっとなにか別のものが、もうひとつの庭が、もうひとつの家が、たぶん、カミシャの庭とカミシャの家があると思います。カミシャの住んでいる素敵(すてき)なところを知ったなら、カミシャともっと仲よしになれると思います。

水曜日
  今日の午後、隣の敷地(しきち)の外側をぐるりとひとまわりしました。それほど広くはありません。10分もあれば、ひとまわりできます。当たり前のことです。パパの庭と同じ広さだからです。でも、変なことがあります。門も何もないんです。どこにも出入り口がないんです。もしかすると出入り口はふさがれているのかもしれません。塀の向こうへ行くには、カミシャのように塀を跳(と)び越えるしかありません。でも、私は猫ではありません。じゃあ、どうすればいいのでしょう?

日曜日
  パパの梯子(はしご)を使うことをまず、考えてみましたが、梯子(はしご)を塀のところまで運べるかどうかわかりません。それに、そんなことをすればみんなが梯子(はしご)に気づいて、 すぐに私は見つけられてしまうでしょう。どうしてなのかわかりませんが、とにかく、私の計画に気づいたら、パパとママは計画が成功しないように、どんなことでもするだろうと思います。私の書いていることはお行儀(ぎょうぎ)の悪い、恥ずかしいことです。でも、どうすればいいのでしょうか? カミシャの庭に行くことは大切で素晴らしいことだと思います。でも、私は、だれにも、とりわけパパとママにはこのことを話してはいけません。私は不幸な女の子です。でも、わくわくし ています。

水曜日
 庭のすみには、古くてねじれた梨(なし)の木があります。太い枝が塀のほうにのびています。その枝の先のところまでうまく歩いていけたら、塀の上のところに足をかけることができると思います。


日曜日
 やったぁ! 「梨の木」作戦は成功よ。でも、ちょっと怖かったわ。両足を広げて、片方の足を枝の上に、もう一方の足を塀の上に載(の)せていました。木の枝を離さないで、ずっと握(にぎ)っていました。もうすこしで声をあげるところでした。そして、私は跳(と)びました。塀の向こうに落ちそうになりましたが、バランスを取り戻しました。私はカミシャの庭を眺(なが)めることができました。
 草や木がごちゃごちゃと生えていました。まさに雑木林です。茨(いばら)や、傾いて生えている木々、野苺(のいちご)や高くのびた羊歯(しだ)、それにたくさんの知らない植物が生えていました。とても綺麗(きれい)で、とても手入れのゆきとどいたパパの庭とは正反対です。蟇(ひきがえる)や蛇(へび)が犇(ひし)めいて、だれも入ったことがないような森の中に入っていきたいという気にはなりませんでした。
 それから、塀の上を歩きました。簡単なことではありませんでした。ときどき、葉の繁った枝が塀の上におおいかぶさっていて、足の置き場がわからなかったし、石がはがれてカタカタと音を立てていたり、苔(こけ)が生えて滑(すべ)りやすくなっていたりします。すごいものを見つけました。梯子が塀に立てかけられていたんです。屋根裏部屋に上がるのに役に立ちそうな、手すりのついた急な階段みたいな梯子です。ずっと昔から私のために置いてあったような気がしました。苔が生えて緑色になっていて、虫に食われています。手すりはなめくじのせいで粘(ねば)りついていました。それでも、おりていくにはとても都合がよかったし、それに、梯子(はしご)がなかったら、どうしていたのかわかりません。
 さあ、私はカミシャの庭にいるのよ。鼻のところまで届く背の高い草が生えています。森の中の古い小径(こみち)を歩きました。その小径は消えかかっています。いくつもの珍しい大きな花が私の顔に触れます。胡椒(こしょう)と小麦粉のにおいがしましたが、でも、ひどくむせてしまいます。よいにおいなのか、いやなにおいなのか、決めることはできません。たぶん、同時に2つのにおいなのでしょう。
 すこし怖かったのですが、好奇心がありました。この場所全体は、ずっとずっと昔からほったらかしにされているようです。かなしげで、今日のように太陽が沈むときの光景みたいに綺麗です……。曲がり角、緑の廊下、そして私は敷石(しきいし)がまん中にあるまるい空き地のようなところに到(つ)きました。カミシャが敷石の上にすわっていました。私が近づいてくるのをカミシャは静かに見つめています。パパの庭にいるときよりもカミシャは不思議と大きく、たくましく見えます。大きく、たくましく見えてもカミシャです。私にはわかります。目の縁(ふち)のところに白い痣(あざ)をつけている猫はほかにいませんからね。カミシャはものしずかで、立派に見えます。あわてて逃げ出したりしません。なでてもらおうと私のところにやってくるわけでもありません。カミシャは立ち上がり、空き地の向こうへ静かに歩いてゆきます。教会のろうそくのようにしっぽをぴんとまっすぐに立てています。繁みに隠れる前にカミシャは立ち止まって、ふりかえり、私がそこにいるかどうかを確かめました。ええ、カミシャ、来ましたよ、私は来たんですよ。カミシャは長い間、満足そうに両目を閉じていました。そして、また、静かに歩きはじめました。私にはカミシャがカミシャに見えません。だって、もうひとつの庭にいるのですから。この庭では、カミシャは王子様のようです。
 草が繁っていて、ところどころ、小径(こみち)は消えていました。そんな小径に沿って、何度も曲がったりして、私たちは進んでいきました。そうして、私たちはたどりついたようです。カミシャはふたたび立ち止まり、私のほうをふりかえって、金色の目をゆっくりと閉じました。
 私たちは雑木林(ぞうきばやし)のはずれにいます。目の前には、まるい柱の東屋(あずまや)があります。まるくて広い芝生のまん中に、東屋(あずまや)のまるい柱はまっすぐに立っています。大理石のベンチが東屋(あずまや)のまわりにとりかこんでいます。大理石は苔が生え、ひびが入っています。東屋(あずまや)のまるい屋根の下では台の上に石像が立っています。石像はまるはだかのかわいい男の子で、背中に羽根が生えています。男の子はかなしげなほほえみを浮かべながら、巻き毛の頭を傾けています。えくぼのある顔で、指先を自分の唇のところにあてています。弓と矢が台にぶらさがっています。

 カミシャはまるい屋根の下に坐(すわ)っています。私のほうに向かって顔を上げました。石像の男の子のようにカミシャは神秘的なほほえみを浮かべています。カミシャと石像の男の子は同じ秘密をもっているのかもしれません。その秘密は、ほんのすこしかなしいけれど、とても素敵な秘密です。それに、カミシャと石像の男の子はその秘密を私に教えたがっているようです。ここでは、なにもかもがかなしそうです。崩れた東屋(あずまや)も、罅(ひび)の入ったベンチも、この風変わりな芝生も、たくさんの野の花も、なにもかもがものかなしいようです。でも、私は大きな喜びを感じています。泣き出してしまいたかったけれども、しあわせでした。手入れのゆきとどいたパパの庭にも、床がよく磨かれているママの家にも戻れないような気がしてきました。
 突然、神秘的な男の子やカミシャや東屋(あずまや)に背を向け、私は塀のほうへ逃げ出しました。気が狂ったように走りました。たくさんの枝や花が、ピシッ、ピシッと当たりました。そして、塀にたどりつきました。でも、梯子(はしご)がどこにあるのかわかりません。あっ、あそこにあるわ。できるだけ速く塀の上を歩きました。古い梨の木があります。私は跳(と)び移りました。私は自分が育った庭にいます。
 2階にある自分の部屋に上がっていきました。ずいぶんと大きな声で泣きました。どうしてなのかわからないけれども泣いていました。いつのまにか、すこし眠ってしまいました。目がさめてから鏡を見ました。服は汚れていません。無事だったのです。あら、いいえ、血がすこしついているわ。ふともものところに血の痕(あと)がすこしついています。不思議です。どこにもかすり傷ひとつ見当たりません。どうしてかしら。困ったことです。私は鏡に近づいて、すぐ近くで自分の姿を眺(なが)めてみました。
 私は青い目をしていて、まっ赤な唇をしています。ばら色のほっぺはふっくらとしていて、金色の髪は波打っています。
 でも、10歳の女の子のようではありません。私はどんなふうに見えるのでしょうか。指先を自分のまっ赤な唇のところにあててみました。自分の巻き毛の頭を傾けてみました。神秘的なほほえみを浮かべてみました。石像の男の子にそっくりです……。
 涙がほんのすこし浮かびました。

水曜日
 私がカミシャの庭を訪れてから、カミシャはたいへんなつくようになりました。カミシャはおなかを見せて、だらしなく寝そべって、何時間も過ごします。
 カミシャのおなかはとてもまるいと思います。日に日にまるくなってゆきます。
 きっと女の子です。女の子らしい名前がいいかもしれません。
 カミシャット……。
〔おしまい〕

2014年6月25日水曜日

抹茶味のスイーツに対する抹茶の位置づけ

抹茶味のチョコレートやケートを好む女性は多い。抹茶味のお菓子が氾濫(はんらん)している。

そんなに抹茶味が好きならば、抹茶そのものをいただけばいいのにと思っていた。

そういうものではないらしい。

抹茶味を好む理由は、抹茶の苦味などが、甘いもののよさを引き立てるからである。風味がよくなるそうである。(私は抹茶はいただくが、抹茶味のお菓子は食べたことがまったくない。)

つまり、お菓子に対する抹茶の立場というのは、甘さを引き立てるために、西瓜(すいか)にふりかける塩の立場と同じなのである。

その観点からすると、そんなに抹茶味が好きなら、抹茶そのものをいただけばいいのではないかというのは、西瓜に塩をかけるのが好きなら、塩そのものを食(しょく)せばいいではないかというものに等しいということになる。

ときおり、抹茶味の好きな人に、なんなら、抹茶の濃茶(こいちゃ)を練(ね)ってあげようかと言ったこともあるが、渋くて苦いから、結構ですと言われたことが何度かある。

高級な抹茶は、渋味(しぶみ)・苦味(にがみ)が少なく、甘味(あまみ)があるんだけど。

2014年6月24日火曜日

「弓杖」の読み方

弓杖は「ゆんづえ」と読む。

音読みで「きゅうじょう」と読んでしまいそうだけど。

弓杖とは、杖術(じょうじゅつ)において、折れた弓を鞭状(むちじょう)に作り替えて杖(じょう)として用いる場合のものをいう。

2014年6月23日月曜日

Caterhamの発音について

Caterhamは、以前、「ケーターハム」と読んでいたが、日本の公式サイトでは、「ケータハム」となっている。

しかし、イギリス英語では、地名の-hamのhは発音しないので、本来の発音は、「ケイタラン」「ケイトラン」に近い発音になる。ジョーンズ式の発音記号だと/kéitə(r)əm/である。

バッキンガム宮殿the Buckingham PalaceやバーミンガムBirminghamやフラムFulhamでは、hを発音しないのに、どうして、日本人は、Caterhamのときは、発音するのだろうか?

そういえば、ロールス=ロイスRolls-Royceは、「ロール=ロイス」/róulzrɔ'is/なのだが、日本の正規代理店も「ロールス=ロイス」としている。

日本の自動車関係者は英語の発音が苦手らしい。

2014年6月22日日曜日

ケーターハム=セブン160 Caterham Seven 160は軽自動車の規格だから、売れないだろうと思っていたが、ちがっていた。

ロータスLotusがセブンやスーパーセブンの生産を中止することにした際、ロータス製品の販売店であったケーターハムCaterhamがセブンの製造販売権を購入した。

そのケーターハムが、スズキ株式会社の660ccのエンジンを搭載し、軽自動車の規格でケーターハム=セブン160 Caterham Seven 160の日本での販売を2014年4月1日から開始した。

車輌価格にオプションをつけて、任意保険まで考えると400万円を軽く超える軽自動車は、売れないだろうと思っていたが、ちがっていた。

2014年3月の初めの時点で、納車は年末まで待たなければならない状態になったという。また、現時点で、年間生産予定の500台分の註文(ちゅうもん)が入っているという。たぶん、英国本国での販売も含めてのことだろうけど。

TPP、すなわち環太平洋経済協定Trans-Pacific Partnershipは、正式名称は、環太平洋戦略的経済連携協定(かんたいへいようせんりゃくてきけいざいれんけいきょうてい)Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementであるのだが、そのTPPに絡(から)んで、アメリカ合衆国は、日本の軽自動車の規格は障壁(しょうへき)となっているのだから廃止しろと主張しているようである。まあ、以前から軽自動車の規格には文句をつけているけど。

ところが、Caterham Seven 160が日本で成功すれば、軽自動車規格の製品を製造しないアメリカの自動車メーカーの怠慢(たいまん)ということになってしまうのではないだろうか?

日本人がCaterham Seven 160を買いまくれば、アメリカ合衆国に反論できることになる。

ということで、私にはまったく経済的な余裕はないが、余裕があって、ああいう自動車が嫌いではない日本人が、どんどん、Caterham Seven 160を買うとおもしろそうだな。

アメリカの自動車メーカーは、元従業員への年金が高額なため、利益率の低い小型車でさえも製造しづらく、大型車を多く生産しているのだから、逆立ちしても、価格競争力のある軽自動車は製造できないだろう。

それにしても、Caterham Seven 160には、オプションとして、幌(ほろ)・ドア・フロント=シールド・ヒーター・塗装などがある。これまで購入を検討したことがなかったから、ドアとフロント=シールドまでオプションになっているのには、ちょっと驚いた。

おまけに、クーラーのオプションはないらしい。英国の家庭にはクーラーがないのが普通だからかな。

以前、ロンドンが熱波に襲われたときに、老人がつぎからつぎへと亡くなり、一般の日本人には不思議な印象を与えたらしいが、あれは基本的にクーラーがないからである。

2014年6月21日土曜日

「アメリカの若者は犬死にではないか」とチェスター=ニミッツ提督は言った。

大東亜戦争終結直後に、チェスター=ニミッツ提督Admiral Chester W. Nimitzは、ハル=ノートHull noteの存在を知り、こう言ったとされる。

「われわれの若者と日本の若者は犬死(いぬじ)にではないか」

または、

「アメリカの若者は犬死にではないか」

ハル=ノートの執筆(しっぴつ)には、コミンテルン[=共産主義インターナショナル]のスパイが関与していた。大日本帝国が開戦せざるを得ないような内容であった。

コーデル=ハル国務長官the U.S. Secretary of State Cordell Hullは、内容を確認しないで、日本にハル=ノートを送りつけた。

終戦直後にハル=ノートを知ったチェスター=ニミッツは、しなくて済む戦争に巻き込まれた「アメリカの若者は犬死にではないか」と言ったらしい。

ウェブ上では、ときおり、上記のことばが引用されるのだけれども、引用元はないし、実際の英文ではどう言ったのか、気になるので、適当な英単語を並べて、ウェブで検索してみたが、元の英文が出てこない。現時点では、まったく見つからない。

「アメリカの若者は犬死にではないか」を認めると、「太平洋戦争」が不正義の戦争であった」ことになるから、アメリカ人は、たとえ、1次史料で知ったとしても、紹介はしたくないのだろう。

マッカーサー元帥がアメリカの議会で証言しているように、大日本帝国政府は、当時、ハル=ノートを受け入れれば、1000万人から1200万人の失業者が出ると考えていた。扶養家族(ふようかぞく)が、それぞれ、3人いるとすれば、

1000万人×(1人+3人)=4000万人
1200万人×(1人+3人)=4800万人

となる。

このくらいの餓死者(がししゃ)が出る勘定(かんじょう)である。

実際には、兼業農家や、農家の親戚(しんせき)から食べ物を譲(ゆず)ってもらえる者もあるだろうから、そこまではいかないかもしれないが、少なくとも、非戦闘員をも含めて、犠牲者を310万人に抑(おさ)えたのであるから、開戦は合理的な判断だったと言えなくもない。

ところで、明治維新の頃の日本の人口は3000万人くらいであった。1941年あたりの日本人の人口は、所謂(いわゆる)、内地人に限定すると、7200万人くらいだから、4000万人を引くと、3200万人となる。これは、鎖国していたときの日本、すなわち、貿易をせず、食糧を輸入しない場合に日本で生きていける人間の数に近い。

したがって、ハル=ノールを受け入れれば、4000万人以上が餓死(がし)するという予測は、あながち、的外(まとはず)れなものではないようである。

大東亜戦争は自存自衛(じそんじえい)の戦争であり、祖国防衛の戦争であったから、日本の若者の戦死は、決して「犬死(いぬじ)に」「無駄死(むだじ)に」とは考えづらい。

一方、アメリカの若者は、狂気の大統領ルーズヴェルトとハル=ノートのせいで、巻き込まれなくてもよい戦争に巻き込まれ、戦闘神経症となったり、戦死したりした。

一般には、英国の要請(ようせい)で、アメリカ合衆国がヨーロッパ戦線に参戦するための口実として、ドイツ・イタリアと日独伊三国同盟を結んでいる大日本帝国に攻撃されれば、同盟国であるドイツを攻撃できる。その狙(ねら)いがあったとされる。

また、アメリカ合衆国は、満州国や、南満州鉄道の利権を手に入れ、金儲(かねもう)けをしたいという考えもあったようである。

しかも、アメリカ合衆国は、日本人のことを、そのほかのアジア諸国の住人の知能の低さや民度の低さから判断して、同じようなものだと勘違(かんちが)いしていた。

だから、大日本帝国の戦闘機による攻撃によってボコボコにされたとき、パイロットはドイツ人にちがいないと信じた。アジア人なのだから、日本人がそれほどのことができるわけがないと思い込んでいた。

アメリカ合衆国は、最終的には、戦費(せんぴ)がなくなり、鉄鋼もなくなって、コンクリートを使って船舶(せんぱく)を建造しなければならなくなり、人手(ひとで)が足らず、女性パイロットを登用(とうよう)しなければならなくなった。アメリカ合衆国の実情はこんなものであった。

原子爆弾が作れなかったなら、アメリカ合衆国は大日本帝国に負けていたにちがいない。

原子爆弾を作った主要メンバーは、フェルミニを除けば、ユダヤ人であるし、フェルミニの奥さんはユダヤ人だった。この連中は、ユダヤ人迫害のドイツに投下するために原子爆弾を開発したのだろう。

ところが、ドイツが早々に降伏したものだから、投下先がなくなったということもあるし、大日本帝国は降伏しないままだということから、日本に投下したのではないか?

大日本帝国ほど、ユダヤ人を助けた民族はないんだけどな。

歴史ってものには、こういう側面はあるのだろう。

それにしても、日本の犠牲者は、自存自衛のために戦ったものであり、それほど犬死にという感じはしない。

最も哀(かな)しいと個人的に思うアメリカ合衆国軍の戦死者は、武器がなくなった帝国陸軍の兵士が手作りで弓矢を拵(こしら)え、その矢によって戦死したアメリカ兵である。

戦争の大義(たいぎ)もなく、祖国防衛のためでもない戦(いくさ)で、太平洋の向こう側に送り込まれ、手作りの弓矢で戦死というのは、悲しすぎる。

2014年6月6日金曜日

マン島TTレースのTT Zero Raceで、電動バイクがいつのまにか、むちゃくちゃ速くなっていた。

TEAM無限の「神電=参(しんでん=さん)」が二酸化炭素排出量ゼロの車輌(しゃりょう)で競うTT Zero(なぜか、日本語の記事ではTT Zero Challengeという表記が見られる。そういう名称だったときがあるのだろうか?)で優勝していた。そのオンボード=カメラの動画がYouTubeにあった。むちゃくちゃ速いぞ。なお、TTというのは、「ツーリスト=トロフィーTourist Trophy」のことだよ。



TT Zero初の20分を切るタイム19分17.3秒であった。平均時速117.366マイル(平均時速188.88km)だ。ラムゼイ=ヘアピンRamsey hairpinあたりでは、ラップ=タイムが時速206kmを超えそうなくらいだった。


ところで、「神電」とはthe Japanese God of Electricity(日本語の電気の神様)という意味だと英文の記事で説明しているものがあった。

しかし、「様」は「(ふうじん)」だし、「(かみなり)の様」は「(らいじん)」なのだから、「気の様」は「神電」ではなく、「神(でんじん)」でなければ、おかしい。

「神電(しんでん)」の由来は、本当のところは、帝国海軍が開発していた局地戦闘機「震電(しんでん)」ではないだろうか?

震電は、B29迎撃(げいげき)のために開発されていたが、試作機の段階で終戦を迎(むか)えた。正式名称は、十八試局地戦闘機震電である。「十八試」というのは、「海軍の18番目の作機」という意味である。

震電の特徴は、プロペラが後ろにあり、機体前部に小さな翼があることである。それまでの戦闘機とは逆のデザインなのである。

二酸化炭素を排出しない電動バイクである「神電=参」と、プロペラと主翼の位置が従来の戦闘機の逆である「震電」とは、ともに、それまでになかった技術を高い水準で確立しようとしている点で、共通している。

しかも、震電は「超空(ちょうくう)の要塞(ようさい)Superfortress」と呼ばれたB29の迎撃を主(しゅ)たる目的として試作されたものであるから、高性能電動バイクを開発することを、同じように困難な課題だと見做(みな)していると考えられなくもない。

神電には、震電に由来(ゆらい)する部分が多少なりともあるにちがいない。

しかしながら、そのことを正直に話すとヨーロッパのコーカソイド(白人)たちに、「日本人の中には、今でも、第2次世界大戦のときのことを根(ね)に持っている者がいるようだ」と思われかねないので、TEAM無限などの関係者は、隠(かく)しているのだろう。

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2014年6月5日木曜日

抹茶を探していたら、「紀伊の昔」「紀之昔」「紀之司」という銘柄(めいがら)があった。

正式に茶道をしているわけではなく、ただひとりで点(た)てたり、練(ね)ったりして抹茶(まっちゃ)をいただいているにすぎない。

ウェブで抹茶を探していたら、「紀伊の昔」「紀之昔」「紀之司」という銘柄(めいがら)があった。

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裏千家先代御家元 鵬雲斎宗匠より拝銘
紀伊の昔(きいのむかし)

表千家先代御家元即中斎宗匠より拝銘
紀之昔(きのむかし)

表千家先代御家元即中斎宗匠より拝銘
紀之司(きのつかさ)
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茶の湯のことは知らないから、不思議に思った。

調べたら、表千家4代有江岑宗佐(えみねそうさ)が紀州藩初代藩主徳川頼宣(よりのぶ)に招かれ、明治に至るまで表千家の歴代家元は紀州徳川家の茶頭(さどう)として仕えていた。二百石の禄(ろく)を受けていたという。

和歌山県出身だけれども、そんなことは知らなかった。

玉林園のウェブサイト

日本教職員組合(日教組)の強い地域では、人助けとなるものは別だが、郷土に誇りが持てる教育は、なるべく排除する傾向があったような気がする。

世界で初めて全身麻酔(ますい)を成功させた華岡青洲(はなおかせいしゅう)や、地震による津波から海岸近くの村人を救うために、高台(たかだい)に干していた稲むらに火をつけ、驚いた村人が高台にやって来て、その結果、津波の被害から逃(のが)れるようにした「稲むらの火」という物語のモデルとなった濱口儀兵衛(はまぐちぎへい)の話くらいしか教わっていない。

紀州藩に表千家が仕えていたことも、また、京都三十六間堂の通し矢に、「大矢数(おおやかず)」という一昼夜でどれだけ射通(いとお)せるかを競うものがあるが、その記録保持者、つまり通し矢の天下一は、紀州藩の和佐範遠(わさのりとお)であるということも、教わらなかった。

どうやら、庶民(しょみん)にとって手が出せない分野に関しては、教えないという方針が、日教組や日本共産党員の教員にはあったとしか思えない。




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2014年6月4日水曜日

ホンダ=ウイングというエンブレムの元ネタは、ガリア人(フランス人)の翼のついたヘルメットなのではないか?

ホンダのオートバイのタンクなどの両側に、ホンダ=ウイングと呼ばれるエンブレムがついていた。今でもついているものがある。こんなやつだ。












昔は、つぎのような意匠(いしょう)であった。


ずいぶんと以前から、感じているのだが、これはフランスのヘルメット、あるいはガリア人のヘルメットのデザインを元ネタとしているとしたのではなかろうか?










ヘルメットの両側に翼がある点と、オートバイのタンクの両側に翼がある点で、じつによく似ている。

この仮説が正しければ、ホンダ=ウイングは雄鶏の翼ということになり、「空を翔(かけ)るほどに速い」ということにはならない。

フランス人は雄鶏(おんどり)が好きである。フランス人の祖先はガリア人であるとされ、ガリア人の表すラテン語はgallusであるが、これは、同時に雄鶏をも意味する。

それで、フランス人は雄鶏をすこぶる好んでいる。戦うときの雄鶏の勇猛さも好んでいる。

たとえば、フランスのスポーツ用品メーカーであるル=コック=スポルティフLe Coq Sportifの商標は、雄鶏のデザインである。

のみならず、いたるところで、雄鶏を目にする。

ちょっと違うが、フランス語で、ガリア人はGolois(ゴロワ)という。フランスで売れている煙草(たばこ)のひとつが、ゴロワーズGoloisesであるが、これは「女性のガリア人」の複数形である。

移民国家となったフランスでは、ネグロイド(黒人)やイスラム系と、コーカソイド(白人)であるフランス人とを区別するため、コーカソイド系フランス人の民族主義者は、自(みずか)らのことをGoloisと自称(じしょう)する。日本だったら、「うちは大和(やまと)民族の家系ですから」とか言うものかな。

ところで、子どものころ、手塚治虫の漫画『ビッグX(エックス)』のヘルメットの両側に翼があるのを、変なデザインだと感じた。意味不明だった。















手塚治虫もまた、フランスのヘルメットを元ネタにしていたのだろう。

昭和のものには、元ネタがわからなければ、どういうところからそんなものを思いついたんだと感じるものが少なくない。



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2014年6月3日火曜日

グーグル=マップのストリート=ヴューの撮影車両に出喰わした。

グーグル=マップGoogle Mapのストリート=ヴューStreet Viewの撮影車両に出喰わした。

路地から出てくるところだった。

いつになっても、こういうのはちょっと嬉(うれ)しい。

後日、ストリート=ヴューに私の姿が登場することになるのだろう。

私も遂(つい)に世界デビューとなるわけか(笑い)。


2014年6月2日月曜日

日本が戦争に負けて申し訳ありませんという気持ちも、少しは持たなければならないのではないかな?

保守の人々には、大東亜戦争は大日本帝国の勝利であったという者が少なくない。

カール=フォン=クラウゼヴィッツCarl von Clausewitzの『戦争論』によれば、戦争の勝敗は、初期の目的が達成せられたが否(いな)かによって決まるという。

ならば、大東亜の植民地解放が大東亜戦争の目的であり、戦後、アジア諸国はつぎつぎと独立を果たしたのだから、実質的には、大日本帝国の勝利であったとする保守の人は少なくない。

しかも、連合国は、最終的にはすべての植民地を失った。

ところが、そののちに、チベット王国・東トルキスタン共和国・内モンゴル自治区が支那大陸の国家に組み込まれた。

東トルキスタン共和国は1949年に、新疆侵攻(しんきょうしんこう)を受け、チベット王国は、1950年に、チベット侵攻を受け、支那に組み込まれた。

支那の共産党政権が侵攻したとはいえ、日本の敗戦が遠因(えんいん)となっているのではなかろうか?

日本が勝っていれば、そういう事態には陥(おちい)っていなかった可能性もなくはなかった気がする。

そういうことを考えると、日本が戦争に負けて、いささかなりとも申し訳ないという気持ちになってしまうのだが……。

2014年6月1日日曜日

『三大陸周遊記』のイブン=バツータって、イスラムにいるよねとサウジアラビア人に言ったら、めちゃくちゃ驚かれた。

『三大陸周遊記』を著(あらわ)したイブン=バツータって人がいますよねと、サウジアラビア人に言ったら、めちゃくちゃ驚かれた。

自分は同じ時代の日本人のことはまったく知らないのに、日本人がイブン=バツータのことを知っているというのは、ただただ驚きなのだそうである。

山川出版社の高校の教科書である『詳説世界史』に書いてあることを憶(おぼ)えているだけで、世界のかなりの国の人に驚かれるよ。

2014年5月31日土曜日

帝国海軍は、どうしても航空機主体になれなかった。

戦艦大和がアメリカ合衆国の航空部隊に沈没されたことなどから、航空機主体にならなかった帝国海軍を批判する人は少なくない。

帝国海軍の航空部隊は、マレー沖海戦で、巡洋戦艦レパルスと、当時、世界最強とされた戦艦プリンス=オヴ=ウェールズとを撃沈した。

当時、作戦行動中の戦艦を航空機は沈められないと考えられた常識を打ち破ったのである。

プリンス=オヴ=ウェールズ撃沈の報告を受けた英国首相ウインストン=チャーチルは、思わず、電話の受話器を落とした。

作戦行動中の戦艦を航空機が沈められることを証明した帝国海軍が、航空機主体にならなかったのは、頭がおかしいと考えるようである。

ところが、マレー沖海戦に関して、当初、山本五十六は、レパルスを沈没させることができても、プリンス=オヴ=ウェールズは無理だと考えていた。プリンス=オヴ=ウェールズが撃沈されたのも、航空機から放たれた爆弾か、あるいは魚雷が、1発、いいところに「まぐれ」で当たったようである。

マレー沖海戦では、練達(れんだつ)の操縦士(そうじゅうし)が揃(そろ)っていたから、爆弾・魚雷の命中率は、低いわけではなかったけれども、戦争中、全体としての命中率は10%くらいだった。

資源がない、戦費(せんぴ)がない状態で、すこぶる高価な爆弾を浪費するわけにはいかない。命中率10%だと、航空機主体には、なかなか踏み切れるものではなかろう。

そうなると、相手の戦艦の射程距離外(しゃていきょりがい)から、つまり、相手から砲弾を浴びせられない安全なところから、砲弾を浴びせるという、所謂(いわゆる)大艦巨砲主義(たいかんきょほうしゅぎ)とならざるを得ない。それに、爆弾・魚雷よりも命中率は高かったであろうし。

アメリカ合衆国の航空隊は、戦艦大和を撃沈するために、400機近い航空機を繰(く)り出した。アメリカ側の資料では、魚雷58本のうち15本前後命中確実、爆弾77発のうち10発以上命中となっているが、一方、「軍艦大和戦闘詳報」によれば、魚雷10本、爆弾5発である。

アメリカ側の資料で計算すれば、

(15本+10発)÷(58本+77発)≒18.5%

となるが、「軍艦大和戦闘詳報」に基づけば

(10本+5発)÷(58本+77発)≒11.1%

となる。

戦闘機による掩護(えんご)のない大和を相手に、こんな命中率だというのは、日本側の資料が正しければ、航空機主体の戦闘は、経費(けいひ)の点で実に効率が悪いということになる。

それにしても、ヴェテラン=パイロットを損失し、未熟なパイロットが多くなった日本のトータルでの命中率とさほど変わらないというのは、アメリカ軍のパイロットの技量(ぎりょう)が低いということになる。

また、熟達したパイロットを失い、練度の低いパイロットが多くなった1944年あたりでは、爆弾・魚雷の命中率は、10%以下であったろうことは想像に難(かた)くない。命中率の低さを補うための大量の物量作戦が実施できない帝国軍は、海軍による神風特別攻撃や陸軍航空隊の振武隊(しんぶたい)による特別攻撃をするしかなかったのは仕方のないことだろう。

いや、むしろ、最善の手段だったかもしれない。

関連記事
神風特攻隊は、本当は、きわめて有効で効率的な作戦なんじゃないかと思ったのだが……

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2014年5月30日金曜日

慶應義塾幼稚舎を専門とする小学校受験の塾でのすごい受講料の設定

慶應義塾幼稚舎というのは、「幼稚舎」という名前だが、慶應義塾大学の附属小学校であるが、そこを専門とする小学校受験の専門塾がある。

そういうところの受講料は、さぞかし高額なのだろうと、だれもが思ってしまうし、事実、小学校受験としては高額である。

しかし、度肝(どぎも)を抜(ぬ)かれる授業料設定がある。

授業料が設定されていないのだ。親は、好きなだけ払えばよいという。

それでも、いったい、いくら払えばいいのか見当(けんとう)がつかないので、少なすぎるといけないと思って、一応(いちおう)、目安(めやす)を教えてくださいと経営者に訊(たず)ねる場合がある。

すると、経営者は、にっこりと微笑(ほほえ)んで、「お心(こころ)のままに」とだけ答える。

それだと、少なく払う親がいるのではないかと考えるのは早計(そうけい)である。

慶應義塾ともなれば、費用がむちゃくちゃかかる。

幼稚舎の初年度納付金は153万6480円で、横浜初等部では、186万円である。

私立大学の文系学部よりも高額なのである。

慶應義塾は幼稚舎から高等学校までは、すこぶる高額に設定しているが、大学と大学院は安価(あんか)である。

これは、貧乏人は附属に来るなというメッセージである。

一方、大学や大学院での費用が低く設定されているのは、優秀な人材を集めるためである。

また、慶應義塾では、国立大学の滑(すべ)り止めとして受験した場合、入学手続きを済ませていても、入学金が戻ってくる。一般の私立大学では授業料は戻ってきても、入学金は戻らない。

そうすることで、国立大学を第1希望としている受験生は、滑り止めとして、早稲田大学には入学手続きをせず、慶應義塾大学に入学手続きをする。

このようにして、優秀な人材を慶應義塾の同窓生組織である三田会(みたかい)に取り込む。

話は元に戻って、授業料の設定がないとしても、どうやら、親は高額な授業料を、幼稚舎専門塾に支払う。

幼稚舎から慶應義塾に入れたいと考える親なら、すごい富裕層に属する。お金なら、いくらでもある。

学費なら、なんとか出せるというレベルのサラリーマンなら、幼稚舎などの名門小学校に入れないほうがいいとされる。

子どもが恥(は)ずかしい思いをしないように、身なりや持ち物に気を遣(つか)わなければならず、お金がかかる。子どもの親同士(おやどうし)のつきあいで、バーベキュー=パーティーや別荘に招待されると、数万円のワインくらいは持っていかないといけない。

学費だけの問題ではないのであるから、幼稚舎に子どもを入れようとする親は、図抜(ずぬ)けた金持ちなのである。

少なく払うとちゃんと面倒を見てもらえないのではないかと疑心暗鬼(ぎしんあんき)になる。また、これだけの合格者を出しているのだから、もしかすると幼稚舎と深い繋(つな)がりがあり、便宜を図(はか)ってもらえるかもしれないと考えてしまう。

その結果、下手(へた)に高額な授業料を設定するよりも、売り上げが増すのだろう。

なかなかうまい商売の仕方(しかた)だが、これって、合法的な詐欺(さぎ)のようなものになるのではないか?

2014年5月29日木曜日

文字を大きくすると正解率が上がるのだが……。

問題の文字を大きくすると正解率が上がる。これには確かなデータがある。

だから、勉強が得意(とくい)ではない子どもには、文字の大きい教材を与えるのがよい。

ところが、小学生の親の場合、問題がたくさん詰(つ)まっている問題集がお得(とく)だと考えてしまうらしく、それに対応して、出版社も、勉強が得意ではない生徒には適さないサイズの文字で、問題集を出版せざるを得(え)なくなる。

そうなると、勉強が得意でない子どもの場合、無駄に苦労することになる。

こうしたことを知っている親の場合、拡大コピーをして問題を解かせれるということもあろうかと思われるが、自宅にコピー機のあるような裕福(ゆうふく)な家庭では、勉強が苦手(にがて)な子どもは少ない。

うーん、社会の矛盾(むじゅん)を感じてしまう。

ところで、一方、早稲田大学の英語の入学試験の問題は、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)文字が小さい。大学受験という制約(せいやく)があるので、高度すぎる内容は出題できないので、文字を小さくすることで、正解率を下げようとしているらしい。

2014年5月28日水曜日

水無月(みなづき)・神無月(かんなづき)の「無」の意味を勘違いしている人が多い。

水無月(みなづき)・神無月(かんなづき)の「無(な)」の意味を勘違いしている人が多い。

水無月は旧暦の6月で、神無月は旧暦の10月のことである。

「AなB」は現代語で「AのB」という意味である。

つまり、「水無月」は「水の月」であり、「神無月」は「神の月」の意味である。

つぎの「な」と意味は共通する。

眦(まじり)を上げる
眼差(まざ)し

なお、「ま」は「目」のことである。「帽子を目深(まぶか)に被(かぶ)る」の「ま」と同じである。

また、渡辺(わたべ)という地名・人名の「わた」は、「海」のことで、渡部(わたのべ)から転じた職業や渡し場を意味する。渡辺は「海の辺」という意味である。ちなみに戦没学徒兵の遺書を集めた『きけ わだつみのこえ』の「わだつみ」は「海の神」の意味で、元々は「海(わた)の霊(み)」だった。

渡辺姓の起源は、大阪市中央区九太郎町四丁目渡辺3号にある坐摩神社(いかすりじんじゃ:ざまじんじゃ)であるが、この神社のあった場所は、昔は、淀川の河口近くの湿地帯だったようである。

古語の「な」の意味を知るだけで、いろんなことが見えてくる。

2014年5月27日火曜日

東京都23区内でむやみに路地が多く、道路がみょうに曲がっている地域

杉並区や世田谷区では、どうしてこんなに狭隘(きょうあい)な路地が多いのかとか、どうしてこうも不自然な曲がり方をしているのかという道路が少なくない。

ずっと不思議だったのだけれども、あるとき、気がついた。

このあたりは、第2次世界大戦当時、空襲に遭(あ)っていないのではないかと。

調べてみると、杉並区や世田谷区は、実際、ほとんど空襲されていなかった。

東京大空襲といえば、10万人くらいが亡くなったという大虐殺(だいぎゃくさつ)であった。しかし、当時の東京都内の人口からすれば、8人にひとりくらいしか死んでいない。アメリカ軍も効率の悪いことをしていると思ったことがある。

ところが、最も名高い1945年3月10日の東京大空襲で、大いに被害を受けたのは、今の江東区・墨田区・台東区・中央区・港区あたりだった。人口密集地(じんこうみっしゅうち)だけを狙(ねら)ったのである。

激しい空襲に曝(さら)された地域では、1平方メートル当たり、3発の焼夷弾(しょういだん)を喰(く)らっている。

こうした地域では、東京大空襲での生存率はどのくらいのものだったのだろうか?

話は逸(そ)れるが、日本の木造家屋(もくぞうかおく)を焼きつくすために焼夷弾が使用されたという印象が強いが、当初の空襲では普通の爆弾を使っていたようだ。

それはともかく、一方、空襲されていない地域が多い杉並区の場合、たとえば、当時の「荻窪村(おぎくぼむら)」などは、「疎開先(そかいさき)」となっていたくらいである。

都内で、狭い路地が多く、みょうな曲がり方をしている地域は、概(がい)して、空襲の被害には遭(あ)っていないようである。農道だったものがそのまま残っている場合が少なくないらしい。

そして、そうした地域の住人は、比較的のんびりしているような気がする。

2014年5月26日月曜日

篠笛(しのぶえ)を独学しているわけだけど、高音が出せるようになった。

篠笛(しのぶえ)を独学でやっているのだけれど、どうしても高音が出せなかった。

それでも、最近、高音が出せるようになった。

それで、当校に在籍(ざいせき)している音楽大学出身の社会人の生徒に、聴(き)かせてみたら、「それって、まだまだ、ただの雑音に過(す)ぎないですよ」と言われた。

薄々(うすうす)、そういう自覚はあったが、はっきりと言われると、堪(こた)えるなあ。

まあ、死ぬまでには、ちゃんと1曲くらいは演奏できるようになりたい。

2014年5月25日日曜日

ホンダ=マスク

高級外国車には、それとわかるアイデンティティがある。

BMWだとキドニー=グリルと呼ばれるものを使用し、自動車好きでなくとも、BMWだとわかる。これは、ポルシェでもメルツェデスも同様である。

わかりやすい「記号」を使用すると、日本国内での高級外国車は、実際の台数以上に存在するように感じる。

すると、「ポルシェって、意外と買われているんだな」「人気があるんだな」という印象を与えることができる。

そうしたことから、本田技研工業はホンダ車に、いわゆるホンダ=マスクとでも呼べるようなデザインを行(おこ)なった。

ところが、ホンダ車の場合、高級外国車とはちがって、走っている台数が多い。

その結果、実によく見かける陳腐(ちんぷ)な自動車というイメージができてしまい、人気が落ちてしまった。

私自身は、以前、ホンダのビートBEATという軽自動車の2座席ミッドシップ=カーを乗り回していたが、諸元表(しょげんひょう)からは惹(ひ)かれるが、「ホンダ=マスクが気に入らないから買いたいと思わない」と言われたことがある。

1980年代あたりの話である。

2014年5月24日土曜日

あいつ、こんなにも(給料を)貰(もら)っているのか!? 学生時代は俺(おれ)より勉強ができなかったのに。

バブル崩壊(ほうかい)のとき、不良債権(ふりょうさいけん)を抱(かか)える銀行などの内情(ないじょう)を政府が調べた。担当したのは、たぶん、高級官僚や、元=高級官僚の優秀な人々であったようだ。

担当者が銀行の頭取(とうどり)などの年収も調べた。

すると、ある担当者が、こう言った。

「あいつ、こんなにも(給料を)貰(もら)っているのか!? 学生時代は俺(おれ)より勉強ができなかった癖(くせ)に」

おそらくは40年以上も前のことで、そんなことを言ったというのは、人間の心理を考える上で、興味深い。

2014年5月23日金曜日

『もののけ姫』の英語版を観た。

『もののけ姫』の英語版は、ほぼ現代英語、それもアメリカ英語である。

もちろん、村の老婆(ろうば)が呪文(じゅもん)のようなものを唱(とな)えるときに、ちょっと古くさい感じがする英語で喋(しゃべ)っていたが、それだけだったようである。

『もののけ姫』の時代設定は室町時代(むろまちじだい)である。

その時代なのに、あまりにもベタな現代英語だけで物語を進めるのは、奇妙な感じがする。

アイルランドのダブリン出身のオスカー=ワイルドOscar Wildeの小説を読むと、女神などが登場すると、Thou shalt ....(ザウ=シャルト……=You shall……)などと古英語をつかっている。

室町時代の話なのだから、オスカー=ワイルドのように、古英語を混ぜるということをしてもよいのではないかと思うのだけれど、一般のアメリカ人は頭が悪すぎるから、古英語はつかえないのだろう。

2014年5月22日木曜日

真珠湾攻撃の日はアメリカ合衆国では12月7日である。

真珠湾攻撃は、日本人なら、12月8日だと思っているが、アメリカ合衆国民は12月7日だと思っている。

これは当然のことで、ハワイ時間では、12月7日のことであったからだ。

「アメリカでは真珠湾攻撃は12月7日のできごとだった」と聞いて、時差に思い至(いた)らない人は、多角的にものごとが見られない人なんだろうな。

意外と、そういう人は多いんだよね。

2014年5月21日水曜日

本田宗一郎の邸宅(ていたく)周辺における駐車場の様子(ようす)

本田技研工業株式会社の創設者である本田宗一郎(ほんだそういちろう)は、新宿区西落合に邸宅(ていたく)を構(かま)えた。

あるとき、哲学堂公園に行くときに、本田宗一郎の邸宅も見ようと思った。

今は、息子である本田博俊(ほんだひろとし)のものである。

邸宅には少なくとも3台分の車庫があった。

それも、ちゃんとした屋根つきであり、シャッターのような安物ではない開閉口(かいへいこう)となっているものだった。

敷地が無茶苦茶(むちゃくちゃ)広い。

新宿区西落合の相場からすると、土地だけで20億円くらいはしそうだった。

本田宗一郎に関する書物によれば、敷地内には、池があるそうだ。

ちょっとした滝と池がしつらえてあって、動力によって水がぐるぐると回って、水が流れるようになっている。

本田宗一郎は、その池に鮎(あゆ)を放(はな)ち、客自身が釣(つ)った鮎をご馳走(ちそう)した。

客が鮎を釣れないと食べられない趣向(しゅこう)であった。

そんな施設(しせつ)があるのだから、土地だけで20億円くらいというのも当然であろう。

ところで、本田邸の周辺を散歩したときに、気づいたことがある。

本田邸の周辺の駐車場(月極(つきぎめ)などを含む)には、ホンダ車がないのである。いや、1台だけはあった。

どうやら、新宿区西落合という富裕層(ふゆうそう=金持ち)が住むところでも、自分が本田技研工業の自動車を買うと、そのことによって、株主への配当で本田博俊にお金が行くのが悔(くや)しくて、ホンダの自動車は買わないらしい。

しみったれた連中だな。

ホンダのスーパーカーであるNSXとか、世界初の楕円(だえん)ピストン=エンジン搭載(とうさい)のロードスポーツバイクであるホンダNRなど、図抜(ずぬ)けたものを買ったほうが太っ腹(ふとっぱら)という感じがしていいと思うのだけどね。

2014年5月20日火曜日

銀縁(ぎんぶち)の丸眼鏡(まるめがね)に飽(あ)きたのでロイド眼鏡にしてみた。

銀縁(ぎんぶち)の丸眼鏡(まるめがね)に飽(あ)きたので、ロイド眼鏡に変えてみた。

金属アレルギーがあるので、そのままにしておくと、銀縁眼鏡(ぎんぶちめがね)の弦(つる)の部分の皮膚(ひふ)が爛(ただ)れる。

それで、とりわけ、夏が近づくと、弦(つる)の部分にマニキュアを塗(ぬ)って、金属アレルギーの原因となる物質が出てこないようにしていたが、それにもうんざりしてきた。

そんなわけで、セルロイドのロイド眼鏡っぽいのを買った。

UNITED COLORS OF BENETTONの安物だ。UNITED COLORS OF BENETTONって安物しか売っていないような気がする。

まあ、これなら、金属アレルギーの心配はない。

すると、生徒から、こんなことを言われた。

「東條英機(とうじょうひでき)っぽくて、カッコいいですね」

えっ!?

2014年5月19日月曜日

軽いアトピーだと、勉強ができるようになる傾向があるように感じている。

軽めのアトピーに子どもが罹(かか)った場合のほうが、子どもがいくぶん健(すこ)やかに成長し、勉強もできるようになる気がしている。

成績の伸び方がよい生徒に、軽めのアトピーの子どもが少なくない印象がある。

もともと地頭(じあたま)のよい母親の場合、子どもがアトピーだと判明すると、いろいろと勉強する。そうして、身体(からだ)によくなさそうな食品を避け、添加物(てんかぶつ)にも気を遣(つか)う。

イオンやサミットでは買い物をしなくなる。

その結果、健康によいものを食べるようになる。

どうも、そういう感じがする。

尤(もっと)も、子どもがアトピーになっても、怠慢(たいまん)から、なんの努力もしない母親というのはいるのだろうけど、そういう母親の子どもは、当校には入校(にゅうこう)しないのかもしれない。

2014年5月18日日曜日

「大英帝国」の「大」の意味

British Empireが大英帝国と訳された由来は、はっきりとしていないが、Great Britainという島の名称によるものだろう。

島の名前に、Greatがついたのは、英国国王が所有している領地が、フランスにもあって、英語名はないのだが、小ブリテンBritania minorであった。それとの比較で、大ブリテンBritania majorというのが存在したわけである。

昔のヨーロッパの王族は、自国のみならず、ヨーロッパのあちこちに領地を所有していた。

フランス革命のときに、フランス国内にある自分の領地を奪われるのが嫌で、あちこちの王族が「反革命」を起こした。

それで、国民国家として、踏ん張らなければならなかったフランスは、基本的には戦争には弱いのに、ナポレオンが頑張った。

ところで、「小日本」がないのに、「大日本帝国」を名乗った日本は、なんだか変な感じがする。

でも、日本の版図(はんと)がいちばん大きかったときは、こんなんだったんだぜ。




2014年5月17日土曜日

「あけぼの」の缶詰が、味はいいのに、当初、サウジアラビアなどのイスラム国家では売れなかった理由

ニチロ(現・マルハニチロ)が、イスラム圏に進出して、「あけぼの」ブランドの缶詰を販売しようとした。

「あけぼの」の缶詰は、目隠(めかく)し調査では、とてもおいしいと好評であった。

しかし、さっぱり売れなかった。

目隠し調査では、あまりおいしくないとされた競合他社の商品のほうが売れている。

担当者は、どうしても理由がわからなかった。

なぜ、こちらを買わないのか、お店でお客さんに直接、訊(たず)ねた。

日の出のマークを指さして、太陽が描(えが)いてあるからと答えた。

サウジアラビアなど、緑が少なく、沙漠(さばく)の多い地域では、太陽は喜ばしいものではなく、むしろ、忌(い)むべきものである。

イスラム国家の国旗に、月を描いているものが多いのは、そうした理由によるものである。太陽が好きではないのである。

最近の「あけぼの」ブランドの缶詰には、日の出が描いていないものが多くなっている。イスラム圏を含めた世界戦略なんだろう。















鯨肉大和煮(げいにく/くじらにくやまとに)は日本人くらいしか食べないから、旭日旗(きょくじつき)のような図案(ずあん)が、今でも、描かれている。

2014年5月16日金曜日

BMWって、日本語にすると「バイハツ」じゃないのか?

BMWは、Bayerische Motoren Werke AG(バイエリッシェ=モトーレン=ヴェルケ=アー=ゲー)の略で、「バイエルン発動機製作所株式会社」の意味である。

ところで、ダイハツ工業株式会社という自動車メーカーがある。一般には「ダイハツ」と呼ばれている。

もともとは、「発動機製造株式会社」として1907年に設立されたが、その後、「発動機」を冠するメーカーが多く登場し、他社と区別するために「阪の動機」と呼ばれることになったことから、「ダイハツ」となった。

BMW(バイエルン動機製作所株式会社)も、日本語として敢(あ)えて略すなら、「バイハツ」が妥当(だとう)である。

バイハツと書いてある自動車は、買いたくなくなるなあ。

以上の内容を、ある人に話したところ、「あ、俺(おれ)も大学でドイツ語を習ったときに、同じことを考えた」と言われた。

なんか、悔(くや)しい。

2014年5月15日木曜日

旨(うま)い大豆を見つけた。

旨(うま)い大豆(だいず)を見つけた。

乾燥大豆を買ってきては、鋳物(いもの)のフライパンで炒(い)り、それをタッパーなどに入れて、ちょくちょく、食べる。

日露戦争での日本海海戦の作戦を立てた秋山眞之(あきやまさねゆき)は、炒った大豆をポケットに入れて、なにかと、ボリボリ食べていたそうだ。

江戸時代の儒学者である荻生徂徠(おぎゅうそらい)も、炒り豆を喰っていたそうである。

大豆にはレシチンが多く含(ふく)まれている。乾燥重量(かんそうじゅうりょう)で考えた場合、脳の約20%はレシチンでできている。脳の唯一のエネルギー源は、血液中の糖質(とうしつ)[=ブドウ糖]だけである。したがって、レシチンとブドウ糖がなければ、脳は働かない。そういうことだから、脳をよく使う人は、レシチンが多く含まれる大豆製品を好む。ほかにもレシチンが多く含まれるのは、卵の黄身(きみ)やピーナッツやアーモンドや胡麻油(ごまあぶら)である。

以上のことから、大豆を好む人間は、脳をよく使うということがわかる。

秋山眞之は立派なことに脳を使っていたが、しかし、自分のブログを読むかぎり、私は碌(ろく)でもないことにしか脳を使っていないな。

さて、先日、オーサワジャパン株式会社が販売している「北海道産 有機栽培 大豆 大粒で甘みがある」と書いてある乾燥大豆を買ってみた。販売会社が運営しているウェブの通販サイトでは、300gで税込み561円だから、廉(やす)いわけではない。

ところが、これがむちゃくちゃ旨かった。なんとも言えない甘みがある。ここまで、はっきりとした旨さは、これまでの炒った大豆では感じたことがなかった。

思わず、翌々日に、再び購入した。炒った乾燥大豆300gを1日で食べきってしまったのだ。

4日後に、もう一度、足を運んでみたが、売り切れていた。乾燥大豆のようなものが短期間に売り切れになっていたので、驚いた。

追記:その後、「岩手産 有機栽培 大豆 柔らかく甘みがある」を買った。これも旨い。販売しているオーサワジャパン株式会社って、すごいな。

通販サイトへのリンク↓
有機栽培大豆(北海道産)
有機栽培大豆(岩手産)

2014年5月14日水曜日

マルティン=ハイデガーの『存在と時間』を『有と時』と訳した人がいると早稲田の教授が言ったとき、読み方を間違えていた。

学生だったときに、マルティン=ハイデガーMartin Heideggerの『存在と時間』Sein und Zeitの題名を、仏教の十二縁起(じゅうにえんぎ)にある用語を採用して、京都大学教授だった辻村公一は『有と時』と訳したことを教授が説明したのだが、『有(ゆう)と時(とき)』と読んでいた。

十二縁起の「有」は「う」と読むので、隣の学生に私は言った。

「『う』と読むはずなのに、『ゆう』と読んだのは、十二縁起の『有』とハイデガーのSeinの概念(がいねん)には、微妙な違いがあるということで、読み方を変えたのだろうか?」
「うーん、芸が細かいな」

すると、このふたりの遣(や)り取りを耳にした教授は、その後、『有と時』を「うととき」と読むようになった。

2014年5月13日火曜日

超高級食材を使う料理教室があった。

超高級食材を使っている料理教室があった。

おそらく、調味料なども並外(なみはず)れた高級品だろう。

さぞかし美味しい料理ができるはずだ。

ところが、それで調理方法を憶(おぼ)えても、もしも、イオンやサミットなどのスーパーマーケットで食材を買ってしまったら、料理教室で拵(こしら)えたものと較(くら)べて、おいしくないものが出来上がってしまうのではないだろうか?

そんなことを考えたが、超高級食材を使っている料理教室の受講料は、おそらく、廉(やす)くはないだろう。

そういう教室に通う人は、やはり、それなりの高級スーパーマーケットで買い物をするのだろうから、心配は必要なさそうだ。

2014年5月12日月曜日

『エッフェル塔の思い出』La Mémoire de La Tour Eiffelをフランス語で読んだときの衝撃

『エッフェル塔の思い出』 La Mémoire de La Tour Eiffel というのを、若いときに読んだ。

題名から考えて、エッフェル塔にまつわる思い出を、だれかが語るのだろうと思った。

ところが、冒頭からして、みょうなのだ。

「私の父はギュスターヴ=エッフェルGustave EIFFELであり、母は近代科学だった」

なんだ、これは!?

エッフェル塔自身が、一人称で語り始め、自(みずか)らの生い立ち(おいたち)や人生を振り返るという小説だった。

フランス文学史なんてものは、いわば、実験小説の歴史みたいなところがあるから、こんな程度では驚いてはいけないんだよね。

ギュスターヴ=エッフェルは、もともとは橋の設計の専門家であった。だから、エッフェル塔には、橋の設計のノウハウが取り入れられている。

パリの真ん中に塔を設計するのは、フランスのエリートたちからは蔑(さげす)まれた。景観を破壊する醜悪(しゅうあく)な塔を設計するなどというのはエリートのすることではない、と。

そこで、橋の設計をしているギュスターヴ=エッフェルが、塔の設計を担当することになった。だから、エッフェル塔のデザインは、橋の設計を応用したものになっている。

東京タワーや、法隆寺(ほうりゅうじ)の五重塔に基づく東京スカイツリーとは、設計思想がまったく違っている。

また、ギュスターヴ=エッフェルは、アメリカ合衆国にある「自由の女神」の設計を担当している。

エリートではなかったが、後世(こうせい)に名を残した例である。


















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2014年5月11日日曜日

新茶だ、ほい。

新茶の季節だ。

ということで、板橋区小茂根(こもね)にある甲子園茶舗でこれを買った。

うまいぞ。



2014年5月10日土曜日

大東亜戦争に関する帝国軍に関するウーエ‐ウエットラー(Franz Uhle-Wettler)の見解

こういう見解もある。

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平成5年6月25日付の産経新聞「ベルリン物語」

ボンの郊外に住むドイツ軍退役将軍ウーレ・ウエットラー氏とインタービューした際、「この事だけは、どうしても日本の読者に伝えて欲しい」と頼まれた。この欄でその要旨(ようし)をお伝えしたい。

ウエットラー氏は北大西洋条約機構(NATO=North Atlantic Treaty Organization)の作戦本部参謀や戦車部隊司令官を歴任したが、戦争史を研究する学者でもある。退役後、太平洋方面(フィリピン、シンガポール)に於ける日本軍の作戦というテーマに特に興味を持った。
「純粋に軍事史的見地から調べた結論から言うと、兵士の訓練度、司令官の質、全ての面で日本軍の優秀さは群(ぐん)を抜いていた。民間人に対する対応も、占領軍であるにも関わらず、実に礼儀に富んだものであった」

ウエットラー氏は、ドイツの新聞(東京発)が戦時中の日本軍の残虐さを強調する為(ため)「余(あま)りにも自分の研究とは違い過ぎる」と、義憤(ぎふん)を感じたというのだ。

「戦争目的(大東亜共栄圏)や敗戦国であるという点から日本軍の残虐行為(ざんぎゃくこうい)が強調されるのでしょうが、純粋に軍事史の具体例として検証した場合、むしろ米軍の方の残虐性(ざんぎゃくせい)が目立つ」 
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この記事の本筋(ほんすじ)は関係ないが、Franz Uhle-Wettlerは、標準ドイツ語の発音では、フランツ=ウーレ-ウエットラーではなく、フランツ=ウーレ‐ヴェットラーではないのか。

ドイツ語は、方言が多く、同じ綴(つづ)りの名前でも発音が違うことが多い。

ドイツの企業にシーメンスSiemens AGという多国籍企業があるが、ズィーメンス=アー=ゲーであるはずであるが、日本では「シーメンス」と呼ぶことが圧倒的多数である。

この点に関して、英語読みをしていると考える場合もあるようだが、違うんじゃないかな。方言を採用した読み方であるようだ。

高等学校の日本史の教科書では「ーメンス」、世界史の教科書では「ーメンス」とされている場合が多数派である。

それはともかく、いろいろと調べたり、書物を紐解(ひもと)いたりすると、日本軍は、実に真面目な軍隊だったという印象がある。戦時国際法に反しないようにと努力していた節(ふし)が窺(うかが)われる。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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