2013年10月4日金曜日

2016年度末に和歌山県立伊都高等学校が廃校になる。

和歌山県立伊都高等学校といえば、その前身は旧制中学校である。その高校が少子化が影響しているとはいえ、廃校になるのである。

私が早稲田大学に進学したときに、元=高等女学校だった高等学校の出身だというと、相当に驚かれた。「掃除機くんって、中学生のときは馬鹿だったの!?」というぐあいだった。

いやいや、学区ではいちばん難しい高等学校だと言っても、元=旧制中学校の高等学校が2番手というのはわけがわからないという反応が返ってくる。どんな地域でも元=旧制中学校の高等学校が1番手なのである。

では、なぜ、元=高等女学校である和歌山県立橋本高等学校が、地域ナンバーワン校になったのか?

大学の進学実績が、元=旧制中学校だった和歌山県立伊都高等学校を上回ったからである。

しかし、昭和20年代なら、中学校の成績のよい者は、一般的には、元・旧制中学校である高等学校に進学するものであった。しかし、それでも、進学実績で元=高等女学校の高等学校に負けてしまった。

当時の和歌山県では、地元優先であった。橋本高等学校なら橋本市民が優先され、伊都高等学校なら高野口町民が優先され、笠田高等学校普通科ならかつらぎ町民が優先された。

平成の大合併を実施する前は、和歌山県伊都郡には、かつらぎ町・高野口町・高野町・九度山町があり、それに加えて橋本市があった。橋本市の住民は橋本高等学校にちょっと上げ底をして合格させてもらえるが、伊都高等学校には上げ底をしてもらえない。伊都高等学校のある高野口町の住民は元=旧制中学校である伊都高等学校に上げ底で入学できる。

この点から、高野口町の住人は頭が悪くて、橋本市民は頭がよいと考えた市会議員がいた。

しかし、この判断は間違っているだろう。

昭和20年代に、新制高等学校になって、元=旧制中学校だった高等学校に進学したがる人は多かったにちがいない。

もともとの才能が高かったのに、伊都高等学校に進学したばかりに大学進学で失敗した生徒は少なくないだろう。

教え方が同じであれば、生徒の潜在的な能力に応じた結果となるはずだが、伊都高等学校は、どういうわけか、元=高等女学校である橋本高等学校に進学実績でボロ負けだった。

ということは、伊都高等学校の教員に問題があったと考えられる。

和歌山県は日本共産党を始めとして、左翼が多い。左翼系、あるいは極左系の教員が、伊都高等学校を牛耳(ぎゅうじ)っていたと考えると、納得(なっとく)しやすい。

一般に、左翼系の教員は、全員の学力を上げることで平等を目指すのではなく、全員の学力を下げることで平等にしようとする傾向にある。

一旦(いったん)、校風ができあがると、それを壊すのはむずかしい。生徒の学力を上げない校風ができあがったと思われる。

さすがに、元=旧制中学校である伊都高等学校の偏差値が30台になっているのを目にしたときには、一体、何が起こっているかと思ったものだった。

GHQは日本を弱体化させるために、エリート教育をなくそうとした。学区を小さくすることで、エリート校がないようにしようとした。東北地方などは、それに抵抗し、広い学区を維持したが、しかし、関西はGHQの言うとおりにした。

その結果、和歌山県の橋本市と伊都郡に関しては、勉強のできる者は、ある年齢から上は旧制伊都中学校出身で、下の年齢層では橋本高等学校出身になった。それで、幅広い年齢層での連携がやりにくくなった。自分の出身高等学校とは違う学校出身者とは、親しくなりにくい。「先輩」ではないからだ。

和歌山の経済が沈下しているのには、GHQの思惑(おもわく)が影響しているようだ。それに乗っかった左翼系教員の罪は重い。

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和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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