2013年8月31日土曜日

夏休みの終わりに大江千里の「夏の決心」を再生すると、何人かはシュンとなってしまうぞ。

大江千里の曲に「夏の決心」がある。その昔、フジテレビの「ポンキッキ」で流されていたので、ある年齢層にはよく知られているだろう。

その曲には「夏休みはやっぱり短い」「夏休みは絶対短い」などの歌詞がある。

こうした歌詞を何度か繰り返し耳にすると、気持ちが沈んでいくようである。

小学生から高校生までの子どものいる家庭で、「夏の決心」を、夏休みの終わりに聴かせたら、高い確率で、あれができなかった、これができなかったと些(いささ)かなりとも後悔する。

それほどの影響力があるのだから、大江千里の「夏の決心」は名曲といえるのだろう。

2013年8月30日金曜日

『米軍が恐れた「卑怯(ひきょう)な日本兵」――帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』

マッカサー元帥(げんすい)General MacArthurも、ニミッツ提督Admiral Nimitzも、大日本帝国陸軍を「史上最強の陸軍」と評価した。

玉砕(ぎょくさい)するまで戦ったとか、平均身長が160センチメートルくらいだったから敏捷性(びんしょうせい)にすぐれていたとか、硫黄島(いおうとう)の戦いでは、22,000の帝国陸軍に対して、アメリカ合衆国軍は10万もの兵力を投入し、帝国陸軍の損害が21,000に対して、アメリカ合衆国軍の損害が28,000だったとか、そうしたことから、「史上最強の陸軍」と評価したのだろうと、以前は考えていた。

『米軍が恐れた「卑怯な日本兵」――帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』を途中まで読んで、考えを改めた。

「卑怯な日本兵」とあるが、冷静な戦法の分析である。売り上げが増すようにと、煽動的(せんどうてき)な題名にしたのであろう。

「卑怯」な戦法をいくつか挙(あ)げてみよう。

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褌(ふんどし)姿で、両手を挙げて、降伏するふりをするが、手首のところに手榴弾(しゅりゅうだん)を吊るし、米兵からは見えない状態で近づき、銃を持った米兵が数人、近づいてくると、手榴弾を炸裂(さくれつ)させる。自分の生命(いのち)と引き換えに、数人の米兵を殺したり、負傷させたりするわけである。

1挺(てい)しかない軽機関銃をある地点で撃ち、数メートル移動して、再び、撃ち、それを何度も繰り返し、米兵には軽機関銃が10挺くらいあるように思わせる。

死体のふりをして、いつまでもじっとしている。死体だと思って近づいてきた米兵を撃つ。米兵の数が多いときは、そのまま死体のふりをし続けて、通りすぎてから、背後から銃撃する。

負傷兵のふりをして、米軍の衛生兵に助けを求め、衛生兵が近づくと、ナイフで刺し殺す(ただし、衛生兵を殺すのは戦時国際法違反)。

樹上(じゅじょう)に潜(ひそ)み、米兵がこちらに向かって狙撃(そげき)すると、弾が当たってもいないのに、予(あらかじ)め用意しておいた木製の三八式歩兵銃(さんぱちしきほへいじゅう)に見える偽物(にせもの)を、樹上から落とす。すると米兵は、狙撃に成功したと思い、確認のために樹の下にやってくると、樹上から狙い撃ちする。

囮(おとり)として、犠牲になるのも厭(いと)わず、ひとりが突撃して、米兵が反撃したところで、米兵の配置を把握(はあく)し、そこに攻撃を加える。これはアメリカ陸軍最強の部隊とされる日系アメリカ兵で構成された第442連隊も同じことをしている。

女装して米兵に近づく。フィリピン戦線では、フィリピン人の女性のように着飾(きかざ)る。米兵は女性が近づいてきたと思い、気を緩(ゆる)める。充分に近づいたところで、米兵を撃つ。ただし、これは戦時国際法では、ゲリラの扱いになるので、降伏しようが、負傷して戦闘能力をなくしていようが、殺してよい。なかなか、危険をともなう卑怯な戦法である。

英語で話しかけて、友軍だと思わせて、気を許した米兵を撃つ。

ゴミの中に潜み、只管(ひたすら)、米兵が近づくのを待ち、銃撃する。

落ちているパイナップルなどを持ち上げると、紐(ひも)がつながっていて、手榴弾や爆弾が炸裂(さくれつ)する。
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チャールズ=リンドバーグはスピリット=オブ=セント=ルイス号The Spirit of St. Louisで大西洋単独無着陸飛行を初めて成し遂(と)げた人物であるが、彼には『孤高の鷲 リンドバーグ第二次世界大戦参戦記』という著書がある。これによれば、米軍は日本兵の捕虜をとらず、降伏してきても皆殺しにしていたという。このことを知ったときは、アメリカの白人は有色人種に対する強い差別意識があった(あるいは今もある)のだろうとだけ思った。

『米軍が恐れた「卑怯な日本兵」――帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』を途中まで読んで、こんな「卑怯」なことをされ続ければ、次第(しだい)に憎しみが募(つの)り、皆殺しでもしたくなるのは仕方がないかなと思うようになったな。

また、沖縄戦では、2万人以上の若い米兵が発狂したそうである。なんだかメンタルがきわめて弱いなと思っていたが、こんな「卑怯」なことをされ続ければ、そりゃあ、発狂するわな。

とはいえ、以上の戦法は、民間人になりすますのを除いて、戦時国際法には違反していない。もっとも、民間人になりすました場合、降伏したのに射殺されたとしても、国際法上、問題はない。

なお、「卑怯」な帝国陸軍の戦法では、支那事変(しなじへん=日中戦争)での支那兵(しなへい=中国兵)がやった戦法も、部分的に採用しているようである。

また、サイパン戦で帝国陸軍に翻弄(ほんろう)された米軍に従軍していたドン=ジョーンズDon Jonesは、多少、フィクションを混(ま)じえているが、『タッポーチョ「敵ながら天晴(あっぱれ)」大場隊の勇戦512日』Oba, the Last Samurai: Saipan 1944-1945を著(あらわ)している。これは2011年に『太平洋の奇跡―フォックスと呼ばれた男―』Oba, The Last Sumuraiの題名で映画化されている。わずか47人で45,000人の米軍を巧みな戦術で翻弄(ほんろう)した大場榮大尉(おおばさかえたいい)の物語である。フォックスfox(狐(きつね))は、「沙漠の狐」と呼ばれたドイツ軍のロンメル将軍にちなんだものなのだろうか? それとも、狐狩りに由来するのだろうか? あるいは、ただ、狡賢(ずるがしこ)いというだけの意味だろうか?

「卑怯」な戦法をされても、国力が50倍も違うのに、4年近くも戦い続けた帝国陸軍に対して敬意を払っている元=米兵がいるというのは興味深い。



2013年8月29日木曜日

帝国陸軍航空審査部 坂井雅夫少尉:「キ61の神様」と呼ばれた男 その2

坂井雅夫が担当したキ61[三式戦闘機「飛燕(ひえん)」]は高性能ではあったが、厄介(やっかい)な代物(しろもの)であった。

日本初の本格的な液冷式エンジンを備えた量産型の戦闘機だった。発動機(はつどうき=エンジン)は、ドイツの高性能発動機DB601をライセンス生産したものであった。「ハ40」というエンジンだった。しかし、高性能エンジンを製作する工作機械が日本にはなかった。1000分の3ミリメートルの工作精度がなかったのである。

さらには、ニッケルを使用材料から外すという命令があり、部品の強度が低下した。クランクシャフトが80時間ちょうどで折れたことがあり、信じられなかったという証言がある。

『翼をさゝえて』という陸軍少年航空兵第一期技術生徒による回想録集に掲載された坂井雅夫の回想によれば、「終戦まで苦心させられた忘れられない機種だった」と述べている。

坂井雅夫は、「整備の神様」と呼ばれた刈谷正意(かりやまさい)大尉とともに陸軍少年航空兵第一期技術生徒の出身であり、また、刈谷正意大尉と同様に、陸海軍航空部隊の精鋭を集めた陸軍航空審査部の整備隊に所属していた。刈谷正意は、『日本陸軍試作機物語』という著書がある。このふたりは、べらぼうにすごい整備兵だったようである。

1943年7月に、帝都防衛のための飛行第244戦隊にキ61三式戦闘機「飛燕」が制式化された。しかし、当時の日本の工業力を遥(はる)かに上回る性能を目指した「飛燕」は、並みの整備兵の手に負えるものではなかった。「ハ40」エンジンはなにかと壊れた。

刈谷正意大尉は、このときすでに、二式単座戦闘機(にしきたんざせんとうき)「鍾馗(しょうき)」の整備の方法を整備隊に指導して、液冷エンジンとちがって、多少は整備しやすい空冷エンジンとはいえ、戦時稼働率100%という驚異(きょうい)の数字を叩(たた)きだしている。現在、世界最高と言われる航空自衛隊の整備兵が整備していても、稼働率が90%なのに、である。

キ61三式戦闘機「飛燕」の整備に難渋(なんじゅう)した飛行第244戦隊が刈谷正意になんとかしてくれと相談した。刈谷正意は、自分は二単[にたん=二式単座戦闘機(にしきたんざせんとうき)「鍾馗(しょうき)」]が専門だから適切な指導はできないということで、陸軍航空審査部でキ61を担当していた坂井雅夫を推薦して送り込んだ。空冷エンジンが主流だったときに、坂井雅夫は液冷エンジンの熟達(じゅくたつ)した専門家だったからだ。

坂井雅夫は、飛行第244戦隊をはじめ、足を運べるところには赴(おもむ)いて、指導・伝習(でんしゅう)に飛び回った。その結果、飛行第244戦隊の戦時稼働率は80%になった。

坂井雅夫の回想では、「(ハ40という)国産エンジンになってからは無段変速(現在の自動車のトルクコントロールの原理)フルカン接手(つぎて)の調子不具合で性能低下が多かった」という。

「飛燕」に関する書物を読むと、帝都防衛の飛行第244戦隊での「飛燕」の稼働率が80%と異常なまでに高いのに、何故(なぜ)、ニューギニアの戦隊は稼働率が低いのかという疑問を、ある著者は抱(いだ)いている。最終的には、ニューギニアの「飛燕」は3機だけになり、その3機が敵の飛行戦隊に突っ込み、消滅した。

また、ある著者は、飛行244戦隊には、首都防衛のために、川崎航空機工業株式会社が、とくによい部品を飛行第244戦隊に供給していたのではないかとの推測を、根拠もなく、している。そうでなければ、あれほどまでに厄介(やっかい)なキ61三式戦闘機飛燕の稼働率を80%にまで上げられるはずがないというのだ。しかし、よい部品とやや問題のある部品を見分ける作業をするための時間もなければ、人材もいないのだから、それはありえないはずである。今なら、非破壊検査などによって部品の良し悪しを判別する余裕はあるのだろうけれども。

「飛燕」を取材した別の軍事ジャーナリストが飛行第244戦隊の飛燕の稼働率が異常に高いのは不思議だと質問したところ、帝国陸軍航空隊の関係者は皆、口々に言った。

「坂井君がいたからだ」

坂井雅夫は「キ61の神様」と呼ばれる男になっていた。

帝国陸軍航空審査部 坂井雅夫少尉:「キ61の神様」と呼ばれた男 その1
帝国陸軍航空審査部 坂井雅夫少尉:「キ61の神様」と呼ばれた男 その3

2013年8月28日水曜日

いわゆる「出席カード」を大量にもらって人気者になったことがある。

マンモス大学にかぎらないが、大学では「出席カード」というものがある。出席しているかどうかを点呼して確かめる時間が惜(お)しいので、「出席カード」を助手や副手と呼ばれる者が学生に配り、学籍番号や氏名・専修(専攻)を記入させて、その「出席カード」を回収して、出席したかどうかを確認するのである。

細田守の『おおかみこどもの雨と雪』では、一橋大学がモデルになっている大学で「出席カード」が登場したが、早稲田大学とはちがって、助手などが回収することなく、箱に入れるようになっていたが、こんなことを早稲田大学でやれば、鉛筆で書いた出席カードを取り出して、消しゴムで消して、悪用される。

早稲田大学では助手などが回収するとはいえ、4人掛けの机に3人しかしなくても、どこかから手に入れた出席カードをズル休みする学生が出席する学生に、自分の出席カードを一緒に提出するように依頼するのであった。助手などにしても、忙しいから、いちいち、4人掛けの机に3人しかいないのに出席カードを4枚も出されてもあまり気がつかない。出席点というものがある授業では、出席カードを出しておけば、その分、成績が上がる。

ある教授が、第1回の講義で、助手などを使わず、自分で出席カードを配って、回収した。出席カードを配ったのは、その最初の授業だけだった。

そのとき、「先生、出席カードを何枚か、貰(もら)えませんか?」と私は気楽に訊(たず)ねた。すると、「事務所から叱責(しっせき)されるので、出席カードを学生にやるわけにはいかない。だから、うっかり忘れて帰るので、勝手に持っていってください」とその教授は言った。

というわけで、私は200枚近くの出席カードを手に入れた。古き良きいい加減な時代だったのである。

すると、大量の出席カードを持っているということを聞きつけた学生たちが、私のところにやって来て、出席カードがほしいと言ってきた。私は気楽にわけてあげた。

ものすごい人気者になった。しかし、出席カードがなくなったら、私に話しかけなくもなった学生がたくさんいた。なんだか、悲しい思い出だ。

2013年8月27日火曜日

インパール作戦は終わらない:果たされたインドとの約束

ウ号作戦、一般にインパール作戦Battle of Imphalと呼ばれる作戦は、それほど無謀(むぼう)だったのだろうかと、以前から疑問に思っていた。

2012年6月あたりに、モーヘン=ナオレムMohen Naoremというインド人の映画監督がインパール作戦の映画を制作したいと表明した。彼はMy Japanese Niece(私の日本人の姪(めい))という映画をすでに制作していた。この映画もインパール作戦に関わるものである。

インド独立に関するものを読むと、インド独立の貢献者はマハトマ=ガンディではなく、むしろ、インパール作戦に参加したチャンドラ=ボースChandra Boseと考えているインド人が一般的であるようである。インパール作戦があったからこそ、英印軍の25万人もの兵士がインド国民軍になり、独立をなしえたのである。

以下に貼りつける動画は、NHK取材班が作成したものとちがって、冷静なものであると、今のところは思っている。


2013年8月26日月曜日

フォーチュンクッキーの起源は日本の北陸地方だが、日本人は起源を主張することはない。

AKB48の「恋するフォーチュン・クッキー」が流行(はや)っているらしい。真似(まね)のしやすい踊りであるらしく、あちこちに「踊ってみた」という動画がアップされているようである。踊りやすい振り付けというのはひとつの戦略であるらしい。

今の中学校の英語教科書に、フォーチュン=クッキーfortune cookieが登場する。そのときに、調べてみた。

フォーチュン=クッキーは、もともとは、北陸地方の神社で配られていた辻占煎餅(つじうらせんせんべい)がもとになっている。2つ折りの籤(くじ)が入っている。

萩原真(はぎわらまこと)という庭師(にわし)が、1915年にサンフランシスコで開催されたパナマ万国博覧会で出品し、広まり始めた。第2次世界大戦後、中華料理屋がこの煎餅(せんべい)を取り入れ、普及した。ところが、萩原は、辻占煎餅で儲(もう)けようとは考えていなかったので、特許取得や意匠登録をしていなかった。

今では、ごく普通の日本人はフォーチュン=クッキーはアメリカの中華料理屋が始めたものだと思っているし、日本の中学生用の英語の教科書でも、アメリカの中華料理屋でごく普通に見られるものとして扱っている。

インドネシアのJKT48の「恋するフォーチュン=クッキー」を以下に貼りつけておく。



2013年8月25日日曜日

同窓会に於(お)ける病気自慢対決

一定以上の年齢になると、同窓会で病気自慢をするようになる。

糖尿病(とうにょうびょう)で大変だとか、そういうのを自慢するようになる。

白血病の治療で骨髄移植(こつずいいしょく)をして、血液型が変わったという例もある。

同窓会での病気自慢対決をするとなると、じつは、最初に病死した者がチャンピオンとなるんじゃないかと思った。

2013年8月23日金曜日

ジャニーズの二宮和也(にのみやかずなり)の名前を読み間違えたときの女子生徒たちの反応

『硫黄島からの手紙』を観(み)た。ジャニーズの二宮和也の演技に感心した。

それで、二宮和也(にのみやかずなり)の和也を「かずや」だと思って、「二宮かずやの演技には感心した」と言ったところ、女子生徒たちが一斉(いっせい)に「『かずなり』です!」と声を合わせて言った。

意表を突かれた。

地名と人名は読み間違えても恥(はじ)ではないという伝統が日本語にはあるのだが……。尤(もっと)も、戦前の日本では読み方がよくわからない人名の場合、音読みをして間違えたとしても、失礼にはあたらないというものがあったけれども、「和也」を敢(あ)えて「わや」と読むのは、むしろ、変である。「和也(かずなり)」を「かずや」と読み間違えたとしても、勘弁(かんべん)してくれよという気持ちになる。

あまりにもびっくりして、以下の動画を思い出した。韓国人と間違えられて、すごい反応をした台湾人の様子である。日本人と思われたときには、それほどの反応はしていない。

2013年8月22日木曜日

和歌山県に関わる日本一とその他

和歌山県に関わる日本一とそのほかのもの、たとえば、発祥(はっしょう)のものを挙(あ)げてみよう。

1)蜜柑(みかん)の生産日本一。
蜜柑の生産は愛媛県が日本一だったが、台風で蜜柑の木が打撃を受け、和歌山県が日本一になった。愛媛県は、蜜柑のようにさほど儲(もう)からないものはやめにして、台風による打撃を受けた蜜柑の木があるところにほかの果物(くだもの)を植えたようである。

2)柿の生産日本一。
 柿は関東以北では馴染(なじ)みがない果物なので、日本一だということはあまり認識されていない。和菓子では、熟した柿の甘さを超えると下品になるとされるくらいに、甘さの基準にされるほどのものなのに、関東では柿はそれほど食(しょく)されない。

3)梅の生産日本一。
日本国内の半分以上を生産している。「南高梅」による梅干しが有名である。南高梅の「南高」は和歌山県立校(みなべこうこう)のことである。中学卒業が普通だった時代には、県立高校に進学するのは憧(あこが)れであり、エリートであった。そこで、改良品種の梅を「南高梅」と名づけた。ところが、大学進学率50%を超える時代となり、高校が憧れだったというのは恥ずかしいと感じるようになり、近年では、南部高校の校庭で栽培して、品種改良した梅だと、嘘を吐(つ)くようになっている。

4)八朔(はっさく)の生産日本一。
そもそも八朔を生産している農家が日本にはあまりいないのではないか。ニッチ産業だな。

5)最高級品種の山葵(わさび)の発祥の地である。
現在、最高級品種とされる山葵(わさび)は和歌山県真妻村(まづまむら)の「真妻(まづま)」であるが、これは、現在、静岡県で栽培されている。和歌山県では山葵栽培をしているのは、1軒の農家だけである。どうも、飽(あ)きっぽい県民性らしい。

6)京都にある三十三間堂の通し矢で、紀伊藩の和佐範遠(わさのりとう)(大八郎)が、24時間で、総矢数13,053本中、通し矢8,133本で天下一となっている。しかし、和歌山県では弓道はさほど盛んではない。おまけに、和佐範遠(わさのりとう)は人妻との不倫がバレて、蟄居(ちっきょ)を命ぜられた。

7)合気道の創始者である植芝盛平(うえしばもりへい)は和歌山県西牟婁郡西ノ谷村(にしむろぐんにしのたにむら)(現在の田辺市)出身だが、和歌山県では合気道はそれほど盛んではない。

8)篦竿(へらざお)の生産日本一。
和歌山県橋本市は全国の箆鮒(へらぶな)釣り用の篦竿(へらざお)の生産の9割程度を占める。

9)備長炭(びんちょうたん)の生産日本一。
「備長(びんちょう)」は備長炭を商いしていた和歌山県田辺の中屋左衛門(びっちゅうやちょうざえもん)に由来する。『びんちょうタン』というアニメまで制作している。最近では偽物(にせもの)も流通するようになったので、「紀州備長炭」と称(しょう)している。

10)蚊取り線香の原料である除虫菊(じょちゅうぎく=白花虫除菊(しろばなむしよけぎく))を最初に量産したのは和歌山県である。1885年あるいは1886年に日本に渡来し、1888年に和歌山県で量産を試(こころ)みた。しかしながら、今は、除虫菊といえば広島県因島市(いんのしまし=現・尾道市(おのみちし))である。和歌山の県民性は飽(あ)きっぽいらしい。

11)山椒(さんしょう)の生産日本一。
約8割のシェアである。山椒って、鰻丼(うなどん)と泥鰌鍋(どじょうなべ)くらいにしか使わないんじゃないかな。

12)ジャバラ(邪払)の生産日本一。
ジャバラとはミカン属の柑橘類(かんきつるい)の自然交雑種で、柚子(ゆず)のように、搾り汁(しぼりじる)を食酢(しょくす/しょくず=食用酢(しょくようず))として利用する。柚子よりも酸味が強い。和歌山県民でも知らない人が少なくない気がする。2001年にインターネットでの販売が急成長したら、他県でも栽培するようになった。

13)世界初の全身麻酔による手術をした華岡青洲は和歌山の人である。有吉佐和子が『華岡青洲の妻』という小説を発表するまでは、医療関係者以外にはまったくの無名であった。紀伊藩の第10代藩主・徳川治寶(とくがわはるとみ)に謁見(えっけん)して、士分[=武士の身分]に取り立てられ、帯刀(たいとう)を許される。藩医となるように請(こ)われるも、何度も固辞(こじ)したものの、最後には断り切れず、自宅で治療を続けるという「勝手勤(かってづとめ?)」を条件に(青洲は医療が趣味だったらしい)、小普請医師格(こぶしんいしかく)となり、ついで小普請御医師となり、最終的には奥医師格(おくいしかく)となる。「奥医師」は江戸幕府の最上位の医師に冠(かん)するものなので、幕府ではない紀伊藩の場合は「奥医師『格』」と「格」をつけなければならないようである。

14)日本最大の半島である紀伊半島の西側にある県であるが、住民は、半島に住んでいるという意識が稀薄(きはく)である。自分が半島に住んでいると思っていない人が少なくないようである。

15)1918年(大正7年)の米騒動では、現在の和歌山県橋本市から2名が死刑になった。自由民権運動と米騒動、それから戦後の自虐史観教育(じぎゃくしかんきょういく)と、和歌山は極端な方向に進む傾向があると思われる。

ほかにもいろいろとあるだろうが、今回はこのあたりで終わりにする。

追加:16)人口あたりのジャイアント=パンダの数が日本一(これはFacebookで指摘された)。
現時点で5頭のジャイアント=パンダがいる。2013年5月の時点で、和歌山県の人口は982,188人である。雄(おす)の永明(えいめい)の子どもの数はジャイアント=パンダとしては異常に多い。

2013年8月21日水曜日

昨年、「ヤングなでしこジャパン」の試合の視聴率が高かった理由

FIFA U-20女子ッワールドカップジャパン 2012が昨年、開催された。ヤングなでしこジャパンの試合は、日本での開催ということもあってか、視聴率20%を超えることがあった。日本にそれほど熱烈なサッカー=ファン多いとは思えない。

高視聴率が不思議だった。私はそもそもNHKに受信料を払うのが嫌でテレビを持っておらず、YouTubeでハイライトシーンを視聴するくらいである。

先日、サッカー=ファンに、そのことを話して、もしかすると、男子フル代表と較べて身長が低いので、フリー=キックが壁を超えて決まる確率が高そうなのがウケたのだろうかと言ったところ、高視聴率の理由はそれが中心ではなかった。

彼によると、匿名掲示板などで、20歳以下の女性をじっと眺めても問題が生じないのでうれしいという内容の意見を多数見かけたとのことであった。

高視聴率の理由は、それだったのか!

そういえば、生徒の話によると、ある高校の女子テニス部が練習試合をする際に、フェンスのあちこちに、「関係者以外の人は見学しないでください」という貼り紙をするそうだ。

2013年8月20日火曜日

下水道利権というものがあるらしい。

一般には下水道工事の経費がわからない。最近では下水道で儲(もう)けようという政治家がいるようである。工事費がわかりにくいから、場合によっては過剰性能(かじょうせいのう)overengineeringのものを作る。

立派な道路を作ると、1日あたりに走行する自動車が◯◯台しかないのに、これほどの金額をかけて道路を作るのはおかしいという批判が左翼から出てくる。

しかしながら、経済学からすれば、お金が回るから、じつは効果的なのである。だから、民主党政権のときに「コンクリートから人へ」としたら、日本は異常なまでのデフレーション(デフレ=通貨価値が上がること)に見舞われた。

民主党は、「官から政へ」つまり、官僚主導から政治家主導へとすることを訴え、実践しようとした。すると、官僚は、大事な情報さえ、民主党に教えなかった。官僚は民主党の政治家に何も教えなかった。

その結果、民主党政権では、政策がぐだぐだになった。

それはともかく、下水道利権というものはあったとしても、経済が回るのだから、内需拡大としては有効である。

民主党はこうした点を理解しておらず、ポピュリズムpopulism(大衆迎合)だけに徹したために、日本の経済をぐだぐだにしたにすぎない。



2013年8月19日月曜日

50歳になったとき、近所のおじいさんに「四捨五入すれば私も100歳ですから」と言ったら、馬鹿ウケした。

50歳になったとき、近所の80歳くらいのおじいさんと話をした際に、年齢の割には若いですなあと言われたので、いやはや、四捨五入すれば、私も100歳ですからと言ったところ、大笑いされた。

これはウケるらしいと思ったので、あちこちで自分よりも年長の人にこのネタを使ってみた。無茶苦茶ウケた。

しかし、四捨五入の仕方が間違っている。

たとえば、45歳の人間が四捨五入すれば50歳ですというのは正しい。ところが、50歳を四捨五入して100歳になるというのはおかしい。

それでも大いにウケるのである。

2013年8月17日土曜日

法律上、国立大学の講師から教授までは「教官」だが、私立大学の講師から教授までは「教員」である。

法律上、国立大学では講師から教授まで「教官」だが、私立大学では「教員」である。

「教員」ということは、高等学校の教師と同じ扱いであるからということで、早稲田大学のある講師が「私立大学に対する差別である」と言っていた。

しかし、「教官」となると、自動車教習所と同じだから、「教員」のほうがましだと言えなくもないと思ったが、言わないでいた。

2013年8月16日金曜日

巣鴨学園の巣園流水泳学校では、褌(ふんどし)を身につけるが、すると、カメラを持った褌マニアの男性が湧(わ)いてくるという。

巣鴨学園(巣鴨中学校・巣鴨高等学校)では、毎年、千葉県館山市北条海岸(たてやましほうじょうかいがん)で巣園流(そうえんりゅう)水泳学校が開催される。生徒は褌(ふんどし)を身につけなければならない。中学1年生は必修で、中学2年生以上は希望者のみとなっている。

巣園流水泳学校が開催されると、褌マニアの男性たちがカメラを持ってわらわらと湧(わ)いて出てくるという。

うーん、世の中にはいろんなマニアがいるもんだなあ。

2013年8月15日木曜日

8月15日の玉音放送後に特別攻撃した宇垣纏(うがきまとめ)の話をすると中学生は驚くが、もっとすごいのがあるぞ。

宇垣纏中将(うがきまとめちゅうじょう)は、玉音(ぎょくおん)放送後に特別攻撃(とくべつこうげき)[=特攻(とっこう)]を行なった。

この話は、最近の中学生には、驚愕(きょうがく)すべきものらしい。

ところが、もっとすごいのがある。

陸軍航空隊による最初の特別攻撃隊である万朶隊(ばんだたい)では、大倉巌(おおくらいわお)陸軍少尉が、許嫁(いいなずけ)である親戚(しんせき)の女性とともに出撃しているし、谷藤徹夫(たにふじてつお)陸軍少尉は新妻(いいづま)を同乗させて特攻している。

当時は「二君(にくん)に見(まみ)えず」という考えがあったからなんだけれども、今の中学生にはこうした発想はまったく理解できないらしい。理解できなくてもいいけどね。

2013年8月14日水曜日

第2外国語の扱いで大学の「格」が分かれる。

一定レベル以上の大学の場合、第2外国語はいくつかの言語から選択できる。選択必修である。ちゃんとした大学だと、ドイツ語・フランス語・支那語(中国語)くらいからは選べる。すごい大学になると、ロシア語やイタリア語・スペイン語などからも選べる。

そのつぎのレベルになると、第2外国語は必修だが、言語を選択できない。自動的にドイツ語が第2外国語として必修になっていたりする。小規模な大学・学部に見られる。

そのつぎとなると、第2外国語は選択科目となる。選択したければ選択すればよいが、選択しなければならないわけではない。難関大学出身者は驚くのだが、第2外国語をとらなくてもよい大学があるのが信じられないそうである。第2外国語を選択するものの、ついていけなくて脱落する学生が大勢いるという。

底辺の大学になると、第2外国語がない。英語すらできないのに、第2外国語を学んでも無駄だと大学当局が判断しているらしい。大学によっては、中学3年生の英語の教科書よりもやさしいテキストで英語の授業を行なうところもある。語学の負担を軽くすることで、せめて資格試験に合格してくれということである。

2013年8月13日火曜日

石原慎太郎が反米になった理由のひとつ

石原慎太郎は1932年(昭和7年)9月30日生まれである。大東亜戦争終結時(1945年)の時点で12歳だった。石原慎太郎が反米となったきっかけのひとつが戦争中にあった。

機銃掃射(きじゅうそうしゃ)である。

学校からの帰りに麦畑を歩いていたら、米軍機がやってきて、機銃掃射をしてきた。パイロットの顔が見えるくらいに近くに来た。パイロットの顔が見えるくらいに近くに来たというのは、さぞかし恐怖であっただろう。慎太郎は必死に逃げて、麦畑の中に隠れた。それにしても、子供相手に機銃掃射をするというのは、まさに鬼畜だとしか思えない。

アメリカ兵の一部は有色人種に対しては戦時国際法を守らなくてもよいと考えていたらしいところがある。東京大空襲にしても、広島や長崎への原子爆弾投下にしても、非戦闘員である民間人を殺戮(さつりく)したという点で、戦時国際法違反である。

小学生のときに、機銃掃射を食らえば、その国ことは好きにはならんわな。

2013年8月12日月曜日

8月12日は「ハイジの日」

8月12日は「ハイジの日」だが、たとえば、第1回テレビ放送の日であるとか、原作の初版(しょばん)の発行日であるとか、そういう由来があるのかと思えば、そんなものは一切なく、ただの語呂(ごろ)合わせだった。

日本語のわからない外国人には、不可解(ふかかい)だろう。

アルプスの少女ハイジ公式ホームページ

どうやら、キャラクター=ビジネスで儲けようとしているらしい。

2013年8月11日日曜日

美容室のアンケートで美容師さんを絶讃したら、仕事がさらに叮嚀(ていねい)になった。

もともとは長い髪だったが、一度、坊主頭にしたら、楽だし、風邪(かぜ)をひきにくくなったので、それ以来、丸刈りにしている。今は、横と後ろが0.8ミリメートルで、頭頂部が4ミリメートルのクルーカットcrew cutにしている。

ところが、簡単に思えて、店によって、美容師や理容師によって、仕上がりが微妙に違う。暫(しばら)くの間、あちこちの店に行ってみて、今は、いちばん気に入ったところに通っている。その店では、指名料つきとはいえ、指名できるので、いつも同じ人を指名していた。

前回、指名する顧客対象のアンケートがあったので、絶讃しておいた。

すると、昨日、足を運んだところ、いつもの2.5倍の時間をかけた叮嚀な仕事になった。褒(ほ)めて得(とく)をしようというつもりはなかったのではあるが……。

それにしても、クルーカットのように単純に見えるものでも、なぜ、人によって仕上がりがあれほど違うのか。不思議でならない。和食の料理人が包丁にこだわって、毎日、叮嚀に研いだりするから、バリカンhair clipperや鋏(はさみ)など道具が違うのかと思ったが、そういうわけでもないそうだ。髪の毛に進入する刃先の角度によって仕上がりに違いが出るのか訊(たず)ねてみたところ、美容師さん自身、わからないという。

うーん、謎のままである。

2013年8月10日土曜日

昨日、『風立ちぬ』を映画館で観(み)た。

昨日、すなわち8月9日金曜日に『風立ちぬ』を「ユナイテッド・シネマとしまえん」で観(み)た。

相変わらず、最後がぐだぐだの映画で、結末までを予定調和的に終熄(しゅうそく=終息)することはなかった。宮崎駿(みやざきはやお)には大河ドラマをアニメでやる能力は、やはり、ないのだろう。

けれども、さまざまなエピソードを積み重ねるだけで終わるというのは、ある意味では、「前衛」的だと思った。その点は高く評価してよい。

それにしても、堀越二郎が里見菜穂子に何度もキスをする場面がある。当時の感覚としては、結核(けっかく)は不治(ふじ)の病(やまい)であり、結核病患者とキスを何度も交わすのは、いくぶん危険な行為であるが、そこに純愛を見出す人もいるようだ。

感動している人たちは、運命の出会いの経緯(いきさつ)があった上で、結核患者とキスをするという行為に感動しているのだろう。

ところで、『風立ちぬ』を観たいと言っていながら、これまで観(み)に行かなかったのは、午前中に起きられなかったからである。当校では夏休み期間中は昼から開室している。午前9時までに起きられないから、観に行けないと言っていたのに、昨日(8日9日金曜日)に観に行った。

すると、当校の生徒が驚いていたので、言ってやった。

「ぼくは、こう見えても、やればできる子なんです」

どういうわけか、爆笑された。満点が4.00のGPA (Grade Point Average)で、大学での成績が3.76の人間が言うから、おもしろいのだろうな。

2013年8月9日金曜日

うちの大黒鼠の半兵衛と幸村は、プリマハムを喰(く)わなかった。[追記:日本ハムも食べなかった]

大黒鼠(だいこくねずみ)を飼い始めたときには、気を遣(つか)って餌(えさ)を遣(や)っていたが、最近では、ちょっと塩分が多いかなと思いながらも、人間用の食べ物も分け与えるようになった。

大黒鼠でも旨(うま)い不味(まず)いを感じ取る。イタリア産の高級ハムや100g580円のローストビーフは喜んで食べる。

昨日(きのう)、プリマハムの安物(やすもの)を遣(や)ったら、食べなかった。贅沢(ぜいたく)をさせた結果、好き嫌いの激しい大黒鼠になったようだ。

しょうがないから、残りは私が食べた。

このところ、体重当たりの食材費は、私よりもうちの大黒鼠のほうが遙(はる)かに高いようである。

[追記:日本ハムの安物も食べなかった。またもや残りは私が食べた]

2013年8月8日木曜日

オスプレイ反対は多いのに、哨戒機P-1を批判しないのはおかしい。

オスプレイ(V-22Osprey)の配備に反対している人々が哨戒機(しょうかいき)P-1の配備に反対していないのは変だ。

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性能・主要諸元
諸元乗員: 運航要員2名+操作要員11名
全長: 38.0 m (124 ft 8 in)
全高: 12.1 m (39 ft 4 in)
翼幅: 35.4 m(114 ft 8 in)
最大離陸重量: 79,700 kg (176,000 lb)
動力: F7-IHI-10 ターボファンエンジン、60 kN (13,500 lbs) × 4
性能最大速度: 996 km/h (538 ノット)
巡航速度: 833 km/h (450 ノット)
航続距離: 8,000 km (4,320 nmi)
実用上昇限度: 13,520 m (44,200 ft)

武装
空対艦ミサイル、短魚雷、対潜爆弾など9,000 kg 以上
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9,000kg以上の爆弾などを積めるということは、哨戒機というよりは、どう考えても、哨戒機能のついた爆撃機である。ちなみに、第2次世界大戦のときのB29の爆弾最大積載量が9,000kgだった。


深海爆弾、航空爆弾、対艦ミサイルASM-ICやAGM84を搭載、さらにAGM-65マーベリック空対地・空対艦ミサイルを搭載、さらに航空魚雷も搭載している。世界最高の爆撃能力を備えた哨戒機といってよいだろう。

ところが、『朝日新聞』『毎日新聞』『しんぶん赤旗』を見ても、エンジンが故障したとか、爆音に対する懸念(けねん)とか、海上自衛隊厚木航空基地(綾瀬市(あやせし))に配備されたとか、その程度の報道しかなされていない。大々的な反対運動はない。


どうやら、日本の近くの諸国が情報戦を行なうにあたっての金銭をもらなければ、日本の左翼団体は反対運動をしないし、左翼系メディアにしても、批判記事を報道することはないらしい。となると、沖縄の米軍基地やオスプレー配備に対する批判は、どこからから金銭をもらっているからではないかと疑(うたが)ってしまう。


そういえば、ヘリコプター搭載護衛艦(とうさいごえいかん)「いずも」は、航空母艦である上に、広島への原子爆弾投下の日である8月6日に進水式をしている。2度と原爆投下はさせないという決意表明と受け取れなくもない。さらには、装甲巡洋艦「出雲(いずも)」は日本海海戦で活躍しているし、支那事変にも出動している。メディアは大々的に批判して、新聞の発行部数をもっと下げればおもしろいのに……。


日本の左翼団体はどこかから金銭をもらわないと活動しないようである。ちょっとしたデモに個人で参加する人はいるようだが……。


ところで、オスプレー騒動のとき、左翼や左翼系マスコミ以外の日本人の反応はどうであったか。


オスプレーのプラモデルや完成品の模型が売り切れただけだった。

自衛隊や米軍基地への配備でマスメディアが騒ぐと、模型屋が儲(もう)かるという日本人の醒(さ)めた感覚は、傍観(ぼうかん)するには、おもしろい。


↓国内配備機マークのついたオスプレー。垂直尾翼(すいちょくびよく)に 竜 (りゅう)の文字が書いてある。




2013年8月7日水曜日

トマトは昔、赤茄子(あかなす)と呼ばれていたが、本当に赤い茄子が売られている。

赤茄子といえば、トマトの日本語名だと思っていたら、「肥後の赤茄子(ひごのあかなす)」という品種があった。名前のとおり、熊本産である。やるな、熊本。流石(さすが)は、杖術(じょうじゅつ)・杖道(じょうどう)の本場であり、大東亜戦争で数々の武勲を立てた部隊の出身地だけのことはある。

ついで、練馬区旭丘、西武池袋線江古田駅南口に「赤茄子 TOMATO」という猫居酒屋(ねこいざかや)があった。店内は猫だらけで、猫好きには堪(たま)らない店であるようだ。


 

2013年8月6日火曜日

「万引き」の語源あるいは由来など

「万引(まんび)き」とは「間引(まび)く」に由来するものである。

「間引く」は、稠密(ちゅうみつ)に育った野菜などを、適切に成長させるために、生育のよくないものを取り除くことによって、残りの野菜がよく育つようにするためのものである。適度な間隔がなければ、うまく成長しないのである。

「間引く」の連用形「間引き」→「まびき」に「ん」がついて「まんびき」となり、当て字で「万引き」となった。

2013年8月5日月曜日

「ナイーブnaïve」は「傷つきやすい」という意味ではない。

「ナイーブnaïve /nai:v/」は「傷つきやすい」という意味ではなく、「素朴(そぼく)な」という意味である。素朴な人は傷つきやすい側面があるので、文脈(ぶんみゃく=コンテキスト)から「傷つきやすい」と思った人が多かった。


naïveはフランス語の形容詞naïf /naif/ の女性形である。フランス語では、-ai-は /ɛ/ (エ)と発音するので、/ai/ と読ませたいときには、--と綴(つづ)る。ことばにこだわる英米人はnaïveと綴るが、べつに、naiveとしてもよい。

「傷つきやすい」は、一般の英語ではvulnerable /vʌ'ln(ə)rəbl/である。

ナイーブという語の使い方や綴り方で、その人が一定レベル以上に英語ができるのかどうかがわかる。


2013年8月4日日曜日

インターナショナル=スクールに通う中学1年生が第2言語にフランス語を選択したので、今日からフランス語の授業をしたら……。

インターナショナル=スクールに通う生徒が9月から中学1年生になるにあたって、第2言語にフランス語を選択したので、フランス語の授業をした。

すると、中高一貫校の進学校に通う生徒たちも含めて、いつもよりも、静かに勉強していた。中学1年生からフランス語を勉強することに驚いたそうである。

しかしながら、私が早稲田大学第一文学部の学生だったとき、学生数が60人の自分のクラスでは、少なくとも1割以上は、中学1年生あるいは高校1年生からフランス語を勉強していた学生がいた。このことを指摘すると、中高一貫校の進学校の生徒でもびっくりする。

以下の記事も参照してもらいたい。
Link→早稲田大学第一文学部で、フランス語のクラスでは、中学1年生あるいは高校1年生からフランス語を勉強している学生が1割以上いた。

2013年8月3日土曜日

地頭(じあたま)がよくても勉強しなければならない事例:将棋とオセロ=ゲーム

2013年7月21日投票の参議院議員選挙で上智大学出身の元・フジテレビ社員の参議院議員が落選していた。米長邦雄王将の甥(おい)である米長晴信である。

私は彼と将棋(しょうぎ)を指して、30手くらいで詰まれた。じつは駒の動かし方しか知らなかったのだが、自信満々な態度で、「アマチュアで5段、プロでいえば2段くらいらしいな、俺と勝負しないか」と言ったところ、こいつはできるのかもしれないと彼は勘違(かんちが)いしたようである。

だから、わけのわからない手を打ったが、自信満々で挑(いど)んできたのだから、なにか深い考えたあるのかもしれないと考えたらしい。まったくの素人(しろうと)相手に30手くらいかかったわけだ。こっちが駒の動かし方しか知らないということを知っていれば、20手以下で軽く詰められたであろう。

一方、そのあと、彼とオセロ=ゲームをしたら、64対0のパーフェクト勝ちだった。

将棋指(しょうぎさ)しというものは、形勢が不利になると、熟考(じゅくこう)するのだが、その場合、正坐(せいざ)して、盤面(ばんめん)を見つめる。そういう癖がついているのであろう。オセロ=ゲームをする者は、形勢が不利になっても、正坐(せいざ)はしない。

事(こと)ほど左様(さよう)に、地頭(じあたま)がよくても、きちんと勉強しなければ、勉強した人物にはさっぱり敵(かな)わないということであるとして、ときおり、この話をする。

オセロ=ゲームで初段すら取っていない掃除機先生にパーフェクト負けをするような人が国会議員なのは不安だと言った生徒が少なからずいた。

2013年8月2日金曜日

小林綾子:『おしん』での演技を評価されて……。

小林綾子(こばやしあやこ)はNHKの朝の連続ドラマ『おしん』で、主人公の少女時代を演じた。

『おしん』での演技を評価されて、交換留学生になり、アメリカ合衆国に留学している。

『おしん』での演技を評価されて、練馬区が主催する時代行列の第2回照姫(てるひめ)まつりの照姫に起用される。照姫とは、石神井城主(しゃくじいじょうしゅ)・豊島泰経(としまやすつね)の娘であるが、マイナーすぎて、練馬区民しか知らない。

『おしん』での演技を評価されて、立命館大学文学部英文科に推薦合格し、卒業する。立命館大学はおしんの出身校であると宣伝している。

『おしん』での演技を評価されて、数々の舞台やドラマや映画に起用される。

『おしん』での演技を評価されて、女優として多忙な日々を送り、すれ違いの生活が続き、2010年、離婚する。

2013年8月1日木曜日

帝国陸軍航空審査部 坂井雅夫少尉:「キ61の神様」と呼ばれた男 その1

坂井雅夫少尉は地上勤務者、すなわち整備兵であった。帝国陸軍少年航空兵第1期技術生徒であった。当時の地名で、和歌山県伊都郡橋本町(現在の和歌山県橋本市)の出身である。

以下、階級は面倒臭いので終戦時の階級で表記する。

坂井雅夫少尉は並(な)みの整備兵ではなかった。まず、つぎの3点を挙げておこう。

1) 満州時代かなにかで、部品がなかったので、水道管やその他、日用品を使って、戦闘機だか、爆撃機だかを飛べるようにしたことがある。

2) 帝都防衛(ていとぼうえい)を担(にな)う陸軍航空第244戦隊がキ61三式戦闘機「飛燕」の整備で苦戦しており、相談を受けた「整備の神様」と呼ばれた刈谷正意大尉(かりやまさいたいい)に推薦され、指導したところ、戦時稼働率が80%になった。現在、現時点で整備能力が世界最高である航空自衛隊が平時稼働率90%で、アメリカ合衆国空軍の平時稼働率が80%で、アメリカ合衆国海軍の航空部隊の平時稼働率は空軍のそれより遙(はる)かに劣(おと)るとされる。40%くらいらしい。またニューギニア戦線の三式戦闘機「飛燕」の稼働率は、ひどいときには25%だったり、あるいは、0%だったりした。当時の物資供給や工作技術からすると、液冷式の戦闘機の戦時稼働率80%は驚異的な数字なのである。

3) 支那でP-51CマスタングMustangを鹵獲(ろかく)した。当初、日本へ海上輸送しようと、とりあえず、適当に分解してバラバラにした。ところが、潜水艦の攻撃の可能性が高いから海上輸送はやめることになった。より安全な空輸、つまり、現地で修理・整備を行ない、その機体を操縦(そうじゅう)して本土に運ぼうということになった。修理・整備の担当として、坂井雅夫少尉が派遣(はけん)された。敵国の戦闘機であるのだから、当然のことだが、設計図もなしに、初見(しょけん)で、ばらばらのP-51Cマスタングの機体を組み上げ直し、きちんと飛べるようにした。

この3点だけでもすごいが、実はもっとすごいぞ。

帝国陸軍航空審査部 坂井雅夫少尉:「キ61の神様」と呼ばれた男 その2


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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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