2013年5月25日土曜日

硫黄島の戦いに際して徴兵された可哀そうな人

 硫黄島の戦いの前に、朝日新聞の記者が軍部を批判した。

 軍部の逆鱗(げきりん)に触れたその記者は、40歳くらいの年齢であるにも拘(かか)わらず、徴兵(ちょうへい)されることになった。また、同時に、軍部による報復だと思われないようにするために、同じくらいの年齢の者を多数、徴兵した。

 朝日新聞の同僚(どうりょう)などが画策(かくさく)して、その記者の徴兵を取り消してもらった。

 しかしながら、同時に徴兵されることになった40歳前後の残りの者は、そのまま、硫黄島に送られ、戦死した。

 祖国防衛のために戦死するのは致(いた)し方(かた)ないとしても、下っ端(したっぱ)の兵卒(へいそつ)としては異常な高齢で、戦死するのは、なんだか、悲しい。

 朝日新聞によって殺されたようなものだろう。

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和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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